324話 勇者とアマメ~別れ
「成生さん、一緒に神界に逝きましょうね」
心臓めがけて繰り出された槍を、紙一重で躱した。
カウンターを狙った最小限の動き……ではない。
アマメの一撃が鋭すぎて、反応が遅れただけだ。
「てい! やあっ!」
眉間や喉元をためらいなく突いてくる。
(マジで殺す気でいるみたいだな)
驚きはない。
けど、洗練された動きにはとまどう。
前回あったぎこちなさは、完全に払しょくされている。
清流のごとくなめらかでありながらも、激流のごとく押し寄せる槍撃は、避けるので精一杯だ。
「イテッ!」
槍先がほほをかすめた。
訂正だ。
避けることもままならない。
「やりました!」
アマメは無邪気に顔をほころばせている。
体格は変わったが、性格は無邪気なままだ。
「成生さん。逝きましょうね。やあっ! たあっ!」
手応えが背中を押し、動きが加速していく。
(どうするべきなんだろうな?)
ここにはもう、おれの守るべきアマメはいない。
けど、おれを殺そうとしているアマメが、偽物であるわけでもない。
(この子は、間違いなく本物だ)
表情や醸し出す雰囲気に、なんの違和感もない。
「ふふふ」
浮かべる笑みも、ブタを愛でるときと瓜二つだ。
「アマメ、おれを殺した後はどうするんだ?」
「この星のすべてを消し去ります」
「星を残して、中身を入れ替えるわけか」
「その通りです」
満足気にうなずいている。
手が空いてれば拍手もしてくれたろうが、いまはおれを突き殺そうとしているから無理だ。
…………
「そんなことはやめろ! って言わないんですか?」
「ああ。言わないよ」
「あきらめちゃうんですね」
その通りだ。
おれはきっぱりあきらめた。
「大丈夫です。ボクは責めません」
「いや、責めてもらってかまわねえよ」
根性なし、風見鶏、下郎など、どう罵倒しても大丈夫だ。
「おれは無力で、大切なモノを守れないヤツなんだからよ」
「卑下しないでください。成生さんは十分がんばりました。後はボクがやります」
頼もしい言葉だ。
けど、空虚でもある。
「無理だよ。だって、アマメは自分を殺せないだろ?」
「当然です。第一、そんなことをする必要がありません」
「だよな。わかってるんだよ。好き好んで自殺するヤツがいないことは」
追い詰められ、自殺しか道がないと思い込まなければ、その選択はしない。
「でも、だれかが生きるためには、なにかしらの犠牲はなくちゃダメなんだよな」
生きるために、穀物、野菜、家畜を食べる。
それだって、立派な犠牲だ。
「ベジタリアンの中には、一つの種から多くの実が生るモノは口にしても、一つの種から一つの実しか生らないモノは口にしない、って考える人もいるんだよ」
アマメが眉根を寄せた。
怪訝な表情を浮かべるのも当然だ。
「それはつまり、ほんの少し命を分け与えてもらう、って考えなんだってよ」
全部を自分のモノとせず、他者を尊重する。
共存共栄の精神だ。
「すばらしいよな。けど、おれは肉も魚も食いたいんだよ」
「さっきからなにを言ってるんですか? 成生さん、気はたしかですか?」
「大丈夫だよ。おれはいたって健康だし、精神も安定してるよ」
「そうは思えません」
これ以上時間をかけたら、おれがおかしくなると思ったのだろう。
アマメの槍撃が激しさを増した。
「わかってるんだよ。相容れないってことはさ」
おれの考えや行動は、菜食主義者と正反対だ。
「けど、争う必要はないんだよ」
互いを尊重し、譲り合えばいいだけだ。
相容れない部分を糾弾せず、住み分ければいい。
「まあ、それがむずかしいんだけどな」
言うは易し、行うは難しである。
「成生さんはなにが言いたいんですか?」
「なにを大事にするか……ってことかな」
??
「アマメ、おれは勘違いをしてたんだよ。アマメを守る。そう約束したのは、おれが自分と結んだ契約だったんだよな」
守ってほしいなんて、アマメは一言も口にしていない。
「それを押しつけがましくされれば、イヤにもなるよな」
ベジタリアンに肉や魚を食え、と迫るのと同じだ。
「おれがすべきことはそんなことじゃなく、アマメの願いを聞くことだったんだよな」
「じゃあ、ボクと一緒にいてください!」
「おうよ!」
満面の笑みを浮かべ、アマメが槍を突き出した。
が、それが届くことはない。
おれが斬ったから。
槍ではなく、アマメを。
「成生さん」
倒れるアマメを、両手で受け止めた。
「ボクが間違ってたんですね」
「そんなことはねえよ。ただ、おれたちに力がなかっただけだ。願いを叶える実力がな」
「成生さんはあったじゃないですか」
「ねえよ。おれはおれとの契約を、守れなかったんだからな」
アマメを守る。
それを反故にしてしまった。
「自分の想いより、テンツカさんとの契約を優先したんですか?」
「違うよ。おれが優先したのは、アマメとの約束だ」
「ボクとの約束?」
「一緒にいる。それが、おれにできる精一杯だ」
殺されてやることもできないし、この星を滅茶苦茶にすることも看過できない。
そんなワガママなおれが出した答えが、アマメが逝く寸前まで一緒にいてやることだ。
「ボクは一人じゃないんですね」
「ああ。ずっと一緒にいるよ」
「なら、これでいいです」
アマメが笑った。
「ごめんな」
「謝らないでください。ボクはいま、幸せです」
ギュッと抱きしめた。
「ありがとう。成生さん」
そう言い残し、アマメは死んだ。
遺体が光の粒子になり、空気に溶けるように消えていく。
すべてが完全に消えた後、おれの体も消えた。