323話 勇者とアマメ~クリューンの悪意
ブラックホールが収縮していく。
アレが消えたら、取り返しがつかない気がする。
「アマメ!」
なんとしても助け出す。
けど、どうすることもできなかった。
ブラックホールは目の前にあるのだが、触ることも掴むこともかなわない。
「レーザーショット!」
貫通するだけで、魔法は無意味だった。
残された手は……竜滅刀による斬撃のみだ。
「でりゃ!」
薙いだが、手ごたえはない。
「風波斬!」
ダメだ。
「閃魔斬!」
最後の切り札も、効果がなかった。
おれの手詰まりを見届けるように、ブラックホールが閉じた。
「くそっ!」
石を蹴り、髪を掻く。
「なんなんだよ!?」
アマメを攫ったのは、おれを殴った声の主で間違いない。
けど、理由がわからない。
「ああああああ!」
イライラして、うまく思考が働かない。
(落ち着け。落ち着くんだ)
自分に言い聞かせながら、深呼吸を繰り返した。
…………
ほんの少しだけ、冷静になれた。
(いま攫ったことに、理由があるはずだよな)
子供のアマメが必要なら、ここにいたるまでに、いくらでもチャンスはあった。
(一度変身する必要があったのか?)
違いがあるとしたら、それぐらいだ。
(いや、神界山がポイントなのかもしんねえな)
そう考えるとしっくりくる。
イアダマク共和国でおれを半殺しにしたアマメが神界山に移動したのは、だれかにそう指示されたから。
(そうだよな。あのときのアマメなら、八つ当たり気味に世界を壊滅させてもおかしくなかったよな)
なにもいらない。
そう口にしていたのに、周囲に被害を与えなかったのはなぜだろう。
(んん!? ちょっと待てよ?)
そもそも、思い違いをしているのかもしれない。
(なにもいらない、って言ってたけど、実はそうじゃなかったんだろうな)
おれがそうであるように、アマメにも執着するモノはあったはずだ。
それはなにか?
「おれ……なんだろうな」
うぬぼれかもしれないが、そう考えるとしっくりくる。
「成生さんが変わってしまったのは、悪い神様に人格を分解されたからなんです。だから、この悪い人格を破壊すれば、成生さんは以前の成生さんに戻れるんです!」
おれが神界山に来たとき、アマメは六号を痛めつけながらそう言った。
そして、それを教えたのが神様だ、とも。
あのときは半信半疑というか、真偽を探る余裕がなかった。
けど、いまならわかる。
「あれは、本当だったんだな」
アマメの背後には、神様がいる。
「おい!? 姿を見せろ!」
周囲にはだれもいない。
けど、おれは声を張り上げた。
「クリューン! てめえの仕業なのはわかってんだよ!」
急に上空を黒く分厚い雲が覆い、ゴロゴロと雷鳴を轟かせた。
山の天気は変わりやすいというが、これはありえない。
なぜなら、神界山の山頂は雲の上にあるのだ。
だれかが人為的に発生させないかぎり、こうなることはない。
「はっはっは、僕は無関係さ」
声がしている時点で、そんなことはありえない。
「信じる信じないはきみの自由だからね。好きにすればいいさ」
「アマメを返せ!」
「それを僕に頼むのは筋違いさ」
「うるせえ! いいからさっさとしろよ!」
「はあ、きみも聞かん坊だね。でも安心していいさ。その願いは、間もなく叶えられると思うからさ」
神経を逆なでする物言いに、イライラが募る。
「てめえ、マジでいい加減にしろよ!」
「神様に対する口の利き方じゃないけど、僕は気にしないのさ。けど、愉快でもないのさ」
声に険が混じっているから、前半はウソで後半は本当だ。
「お仕置きじゃないけど、きみには罰を与えるのさ!」
雷鳴が轟き、稲光が走る。
「準備は整ったのさ」
いくつもの雷が束になって落ち、地面を小さく穿った……だけではない。
そこに、ブラックホールを出現させた。
「後は彼女に任せるのさ」
穴からアマメが浮かび上がってきた。
幼い子供ではなく、大人の姿をしている。
見慣れた容姿ではあるが、左右でカラーリングが違う。
右半身が真っ白で、左半身が真っ黒だ。
神々しくも、おぞましい。
「成生さん」
ゾクッと背中が震え、反射的に横に跳んだ。
次の瞬間、おれがいままでいた場所に、黒く細い槍が突き刺さっていた。
「やっぱり避けるんですね」
驚いた様子は微塵もない。
「残念です」
肩を落としているが、雰囲気は軽い。
暇つぶしのゲームを失敗したぐらい、どうでもよさそうだ。
「本当は一思いに殺してあげたかったんですけど……そう簡単にはいきませんね」
「アマメ」
「大丈夫です。安心してください。成生さんは、ボクが殺しますから」
頼んだ覚えはないが、決定事項のようだ。
その証拠に、アマメが襲いかかってきた。