322話 勇者とアマメ~ブラックホール
「やあ! たあ!」
アマメが繰り出す槍は直線的で、避けるのは簡単だった。
「えい! せい!」
時折、薙ぎ払うような動きも加えているが、危機感を覚えるモノではない。
(うまく力を扱えないんだろうな)
体型が子供から大人になっただけでも大変なのに、超人的に向上した身体能力もコントロールしなければならない。
アジャストに時間がかかるのは当然だ。
(好機だな)
大人げないが、待ってはやれない。
「せりゃ!」
振り下ろした竜滅刀が、槍を二つに斬った。
「そんな!?」
アマメは両目を見開いて驚いているが、なんてことはない。
これぐらいはできて当然だ。
(っていうか、手加減してるしな)
腹の底から沸き上がる力を感じる。
(全力を出せば、星すら破壊できんじゃねえか!?)
そんな勘違いをさせるほど、巨大な力だ。
普通なら持て余すのだろうが、戸惑いすらない。
(急激な身体向上は、経験済みだからな)
過去の経験がちゃんと活かされている。
それはなにも勇者になってからだけじゃない。
地球にいたときも、疑似体験はしているのだ。
(感覚的には、パーツの組み換えだよな)
CPUやグラフィックボードなどのパーツ交換で、パソコンの性能をよくするのに近い。
処理速度や解像度の向上はあっても、OSの変更がなければ、慣れるのにそれほどの時間は要さない。
「ボクが負けるはずないんです!」
新たに生み出した槍を振るうアマメは、その正反対だ。
細かなパーツだけでなく、基本となるOSも変えたものだから、なにもかもがかみ合っていない。
「レインスピア」
直接攻撃は無理と判断し、魔法に切り替えたようだ。
正しい選択であり、おれでもそうする。
ただ、それが成功するとはかぎらない。
「レーザーショット」
相殺されてしまえば、いかんともしがたい。
「レインダウン!」
「ファイヤーボール!」
雨のように降り注ぐ黒い針を、おれが放った火球が呑み込んだ。
「そんな!?」
降るはずのモノがあった空を、アマメが見上げている。
「レインダウン!」
「ファイヤーボール!」
何度やっても、結果は変わらない。
それでも、アマメはあきらめなかった。
「レインダウン!」
一心不乱に雨を降りそそがせようとしている。
けど、おれはそれを許さない。
「ファイヤーボール!」
上空ですべてを相殺し続ける。
「なんで!?」
理解できない、というよりは、したくないのだ。
自分ならできる。
そう信じていたことが、実現できないのだから。
「これでわかったろ。そんな力じゃ、救済なんかできないよ」
アマメが激しくかぶりを振った。
「じゃあ、まだやるか? とことん付き合うぞ」
無言で放たれたレインスピアを斬りながら、ファイヤーボ―ルでレインダウンを焼却する。
唇を噛みながら、アマメは何度も何度も同じことを繰り返す。
おれは何も言わず、付き合い続けた。
ポタッ
アマメがあきらめたのは、切れた唇から垂れた血が、地面に落ちたときだった。
たぶん、魔力が枯渇したのだろう。
電池が切れたように、パタッと倒れた。
「大丈夫か!?」
あわてて近寄ったら、すーすーと寝息を立てていた。
安らかな表情だし、問題ないだろう。
「んん!?」
アマメから小さな明かりが生まれた。
ふわふわと空中を漂いながら、体をなでていく。
「なんだ? これ」
触ることもできない不思議な物体だが、危ない感じもしない。
放っておいても害はないだろうが、どうしたものか。
(サラフィネに訊いてみるか)
見識深い女神なら、なにか知っているだろう。
「放置で大丈夫だよな?」
振り返ったが、そこにサラフィネの姿はなかった。
「んん!?」
見渡すかぎり、だれもいない。
神界に帰ったのだろうか。
(まあ、無理したみたいだし、長くは留まれねえか)
事情は神界に戻ったときに聞けばいい。
(それよりも、いまはアマメだな)
再度振り返ると、驚いた。
「マジかよ!?」
アマメの全身が光っている。
ピッカピカだ。
(まぶしいな)
直視すると、目が痛い。
「大丈夫かよ」
不安を覚えたが、杞憂に終わりそうだ。
少しずつだが、光量が抑えられている。
……
ほどなくして、蛍の光ぐらい淡く優しいモノに落ち着いた。
「これなら大丈夫そうだな」
安心して見てられる。
「んん!?」
言ったそばからなんだが、変化があった。
アマメの体が縮んでいる。
(いや、元に戻ってる、ってほうが正しいか)
成人から少女へ。
おれの知るアマメに戻っているのだ。
髪も短くなり、最後には背中に生えていた羽もなくなった。
「うんん……成生……さん」
目覚めたようだ。
眠い目をこするような仕草をしながら、上半身を起こした。
「大丈夫か? 痛いところはないか?」
「はい。大丈夫です。ところで、ここはどこですか?」
「神界山だよ」
「えっ!? ここがそうなんですか!?」
大きく目を見開いて驚いている。
「ボク、初めて来ました……あれ?」
興奮を隠しきれずに立ち上がろうとしたが、ダメみたいだ。
身体にうまく力が入らないらしい。
「よっ」
両脇に手を差し込み、アマメを持ち上げた。
「ははは、すごいですね」
嬉しそうなアマメを見ていると、おれも嬉しくなる。
「雲が下にありますよ! 信じられません!」
さっきまでのことを、綺麗さっぱり忘れたようなはしゃぎぶりだ。
けど、それでいい。
悲しい気持ちなんて、思い出す必要はない。
「ははは、きみは救いようのないバカだね」
嘲笑と同時に、横から殴られた。
ものすごい衝撃に吹き飛ばされ、地面をゴロゴロ転がる。
「アマメ」
とっさに手を離したが、無事だろうか。
「ちっ」
舌打ちしながら、おれは駆けだした。
ケガはなさそうだが、すぐ後ろにブラックホールのような穴が開いている。
「アマメ!」
おれの手が届くより先に、その姿は呑み込まれてしまった。