321話 勇者とアマメ~開戦
「えっ!? そんな!?」
アマメが驚くのも当然だ。
瀕死になる度に回復してくるのだから、やってられない気にもなるだろう。
(まあ、おれも一緒だけどな)
ことあるごとに、腹の風通しがよくなるのは勘弁してもらいたい。
二度とそうならないためにも、覚悟を決めるべきだ。
「アマメ、最後にもう一度だけ言うぞ。こんなこと、もうやめようぜ」
かぶりを振られた。
「どうしてもダメなのか?」
「ボクには、この世界のみんなを、神界に導く義務があるんです」
今度は、おれがかぶりを振った。
「成生さんにはわからなくても、あるんです!」
「そっか。でもアマメは、数日前まで汚れ仕事をしていたんだぞ」
ラシール村での暮らしは、天使のそれにふさわしくない。
「関係ありません!」
「そうかな? 人を導くには、知識と覚悟が必要だと思うけどな」
「それを得たんです」
「違うだろ。得たんじゃなく、だれかに与えられたんだろ」
かりそめの力を。
「だめなんですか!?」
「ダメじゃねえよ。けど、その力で強制するのは違うだろ」
「神様のもとに行くことは尊いことです。それを喜ばない者はいません!」
「全員に訊いたのか?」
「そんなことしなくても、間違いありません! 拒絶するのは、成生さんくらいです!」
「なんだよ。全員じゃないって、認めてるじゃねえか」
語るに落ちたとか、本音が垣間見えた、と揚げ足を取るつもりはない。
アマメに冷静さが残っている。
それが確認できただけで満足だ。
「神界に行きたいヤツは連れていけばいいけど、残りたいヤツは見逃してやってくれよ」
「だめです。一パーセントに満たない想いを、優遇することはできません」
この辺の頑固さはあいかわらずだ。
「なら、おれも引けないな」
ただ、それは自分にも言えることである。
「なんでわかってくれないんですか!?」
「約束したからだよ」
「だれとですか?」
「アマメと」
「うそです! ボクは成生さんと約束なんかしてません!」
その通りだ。
おれたちに、直接の契約はない。
アマメを守る。
それは、おれが一方的に結んだモノだ。
「だって、ボクにはなんにもなかったんです! 健康な体も、美味しいご飯も、暖かい寝床も、優しくしてくれる人も、なにもありません!」
アマメの両目から涙がこぼれた。
「ほかの子にはあるのが当然の、親の温もりすら、感じたことがないんです!」
ずっとずっと切望していたのだろう。
けど、終ぞ手に入れることは叶わなかった。
それがどれほどの悲しみかは、知るよしもない。
「だからって、いまある他人の幸せを奪うのは違うだろ」
「何度も言わせないでください! みんな幸せになれるんです! 神界ではイジメや貧富の差のない、豊かな暮らしが待っているんです!」
「そっか。それがアマメなりの落としどころなんだな。自分が幸せになれないなら、他人を幸せにしよう、て」
アマメはなにも言わなかった。
けど、小さく首肯したように見えた。
「いい考えだと思うよ。けど、おれはそれを望んでいないんだ。しつこいと思われるかもしれないけど、何度でも言うよ。おれはアマメに幸せにしてほしいとは思わないし、なるなら自分の力でそうなりたい。それがたとえ、アマメから与えられる幸せより、小さいんだとしてもな」
「じゃあ、もういいです! 成生さんは勝手にしてください! ボクはみんなを幸せにしますから!」
大粒の涙を流すアマメを見ると、胸がギュッとなる。
けど、退くわけにはいかない。
「ダメだ! そんなことはさせない」
「なんでですか!? 成生さんは関係ないじゃないですか!」
「関係あるよ。テンツカとも約束したんだ。いま、この世界に生きていることを喜んでいる者がいる。その幸せを守るって、契約したんだよ」
だから、ゆずれない。
「じゃあ、ボクの幸せはどうなるんですか!?」
「おれがそばにいてやるよ」
「うそつき! さっきは一緒にいれない、って言ったじゃないですか!」
「ああ。いまもその思いに変わりはねえよ。妥協できないなら、一緒には入れない。だから、気持ちを改めてくれよ」
一八〇度とは言わない。
ほんの少しでいいのだ。
「神界に導くのは、望んでいるヤツだけにしてくれ」
「駄目です。それはできません!」
「どうしてもか?」
「はい! どうしてもです!」
泣き顔ではあるが、強い意志が感じ取れた。
説得は……失敗だ。
「守る、ってどういうことなんだろうな? おれはおれの中にいるアマメを、守りたいだけなんだけどな」
「幻想を押し付けないでください!」
「だよな。でも、それはアマメも一緒だろ?」
「ボクは間違ってません! 成生さんがわからず屋なだけです!」
「かもしんねえな。けど、どう考えても間違ってるとは思えないんだよ」
「ボクだって間違っていません!」
強い信念がぶつかり合えば、残された未来はたった一つしかない。
「ボクが正しいことを、証明してみせます!」
アマメが槍を構えた。
「んじゃ、おれもそうするか」
竜滅刀を抜いた。
お互いが正しいと信じたモノを背負い、おれとアマメは刃を交えることになった。