320話 勇者は女神に救われる
「ヤベェ、死にそう」
六号の意見に賛成だ。
せっかく塞がった腹の穴が、再度こんにちはしている。
「勘弁してくれよ。人の体は、そんなに開けたり塞いだりするモノじゃねえだろ」
手術をするにしたって、術後の回復を視てからだ。
「くだらねえこと言ってるとこ悪いんだけどよ、お前とあの子は知り合いなんだよな?」
六号の質問に、おれはうなずいた。
「なら、なんとかしてやれよ」
「そうしたいのは山々だけどよ……風通しが良くなりすぎて、力が入らねえんだよ」
スースーするどころの話じゃない。
スッカスカだ。
正直、生きているのが不思議でならない。
「おれが埋めてやるよ」
「心の隙間?」
「冗談が言えるなら大丈夫だよな。おれはもうダメっぽいから、やるなら急いでくれよ」
六号の顔色が悪い。
呼吸も浅く、生気が薄れている。
こうなれば、ほかに選択肢はない。
けど、確認は必要だ。
「お前はそれでいいのかよ?」
「死ぬよりマシだろ」
それは間違いない。
けど、おれと合体することは、ほぼ同意義だと思う。
「気にすんな」
「なにを?」
「おれもお前と同様、いくつかの異世界を渡り歩いたからよ。お前の気持ちは理解してるつもりだよ」
六号も苦労しているようだ。
ただ、それがあったから、こうして生き延びれている。
「妥協や延命のために一緒になるんじゃねえぞ。あの子をどうにかするために、合体するんだ」
声は弱くか細い。
けど、力強い想いに満ちていた。
「アマメは大魔王じゃねえぞ」
「だとしても、ほっとけねえんだろ?」
おれはうなずいた。
「なら、お前に任せるよ。正直、おれはこの世界に来てすぐに磔にされたから、なんの思い入れもねえんだよな」
六号が力なくうなだれた。
「いい加減磔もあきたし、お前のケツ拭きを手伝えるなら、ちょうどいいだろ」
ありがたい申し出だ。
確認だなんだと言ったところで、形勢を逆転させる方法はそれしかない。
ただ、気になることがある。
「だれに磔にされたんだ?」
「さあな。よくわからねえ力に、強引に押し付けられただけだからよ。それより、早くしろ。マジでもう限界だ」
六号の目が虚ろになっている。
「よし。んじゃ、いくぞ」
両者の合意があれば、一時的な合体は可能だ。
ただ、それを行おうとした瞬間、見えない力にぶん殴られた。
『ぐはっ』
おれは横に、六号は後ろに吹き飛ばされた。
「ああっ!」
槍に右の腹を千切られ、激痛に体が痺れる。
(こりゃダメだ)
確実に死ぬ。
(世界が赤いな)
血が目に入ったようだ。
拭おうとしても、手が動かない。
状況から察するに、ありとあらゆるところが損傷し、無事な箇所を探すほうが難しいはずだ。
ただ、痛みは薄れている。
(違うか)
神経がイカれ、痛覚がマヒしているだけだ。
(アマメと、六号は……)
ダメだ。
なにも見えない。
正直、顔を上げられたのかすら、わからなかった。
(なにもかもが中途半端になっちまったな)
サラフィネとの契約も、アマメとの契約も、テンツカとの契約も達成できなかった。
(なんか、この世界に来てから、すべてが中途半端だった気がするな)
思い起こせば、惰性で進んでしまった感がある。
どこかできちんと整理していれば、違った未来になっていたかもしれない。
(くそっ!)
急に悔しさが込み上げてきた。
(力を得て、なんでもできる気になってたんだろうな)
どんな逆境に陥っても、最後は覆せる。
そんな気持ちでいたのだ。
(最低だな)
自分に甘え、向上心を捨てた姿は、フリーランスにあるまじきモノだ。
唇を噛んだが、もう遅い。
ここからの形勢逆転は不可能だ。
一発逆転を狙える六号はいるが、どちらも虫の息。
これではどうしようもない。
「勇者よ。あきらめるのは早計ですよ」
サラフィネの幻聴が聞こえた。
無視してもいいが、最後くらいは気持ちよくいこう。
「いや、無理無理。もう死ぬ未来しか描けねえよ」
「大丈夫です。私が勇者を治してあげます」
力強い言葉だ。
「んじゃ、ついでに六号も頼むわ」
「一命を取り留めるまではできますが、後はご自身でお願いします」
「意地悪すんなよ」
「心外ですね。これでも破格なんですよ」
「いや、女神の力なら朝飯前だろ」
…………
なぜか、サラフィネからの返しがない。
(ああ、そうか。死んだのか)
幻聴すら聞こえない状態になったのだろう。
(んん!?)
体が熱い。
血が巡り、全身の感覚が研ぎ澄まされていくようだ。
指が動く。
手始めに手のひらを握り、開いた。
肘を曲げ、伸ばす。
腹を触れば、肉がある。
(穴は塞がったみたいだな……ってことは!?)
まぶたを開けた。
「お目覚めですか? 勇者」
目の前には、見慣れた女神がいた。
「どうして異世界にいるんだよ!?」
「勇者を救うためです」
「いいのかよ? そんなことして」
「もちろん駄目ですよ。けど、後悔はしていません」
晴れやかな表情は、ウソではなさそうだ。
「この世界を……いえ、アマメちゃんを救えるのは、勇者だけですからね」
「だからって……」
「話は後でしましょう。今は、やるべきことに集中すべきです」
その通りだ。
サラフィネがくれたチャンスを、無駄にはできない。
「よっ」
飛び起き、六号のもとに向かった。
虫の息は変わらずだが、なんとか生きている。
「お前の力、もらうな」
「おうよ」
おれと六号は合体した。