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318話 勇者とテンツカ~契約

 一度目は飛行機の墜落事故。

 二度目は槍で貫かれた。


(まさか、二度目の人生も布団の上で死ねないとはなぁ)


 正直、思いもしなかった。

 けど、起こってしまったことはしょうがない。

 あきらめよう。


(これでおれの転生の話もご破算か)


 それ自体は悔しくないが、契約をまっとうできなかったのは残念だ。


(でもまあ、アマメを守るって契約も達成できそうにないし、どっちにしてもダメか)


 声も想いも届かなかった。

 いや、届いてはいた……と思う。

 ただ、一度にいろんなことが起こりすぎて、許容できなかっただけだ。


(アマメはいい子だからな)


 自分と他者の気持ちを天秤にかけた結果、釣り合いが取れなかったのだろう。


(まあ、わからないでもないよな)


 苦労を背負って生きてきたにもかかわらず、親からいらない子だと言われた。

 それでもめげず、救済を施そうとした。

 褒めてほしかったかは、わからない。

 けど、理解はされたかったはずだ。

 それをおれが否定したから、気持ちの落としどころがわからなくなってしまったのだろう。


(やり直せるところで、踏み止まればいいけどな)


 ヒザを抱えて泣くのもアリだ。

 そばにいてやれないのはかわいそうだが、泣くことで冷静になれるかもしれない。


(最悪なのは、救済だ! って、八つ当たりすることだよな)


 そんなことをしても意味がない。

 本当に救済できるのだとしても、いまのアマメに他者が救えるとは思えない。

 自分の考えを押し付けるような行為は、必ず歪みを生むのだ。


(んん!? ちょっと待てよ)


 いろんなことが一度に起こったから疑問に思わなかったが、この状況はおかしい。


(アマメは、なんで急に救済だ、なんて言いだしたんだ?)


 おれと旅した数日間で、そんなことを口にしたことはない。

 胸に秘めていた可能性もあるが……にわかには信じがたい。


(豚と戯れていた姿は、年相応の子供だったもんな)


 分不相応の壮大な目標を達成しようとする者からにじみ出る、悲哀のようなものは一切なかった。


(契機はどこだ? 一号として、おれの前に現れたときか?)


 なくはない。

 あのときアマメは、ラシール村の人々を皆殺しにしていた。


(でもそう考えると、二回目に違和感があるんだよな)


 二度目の遭遇の前、養豚場の主は、天使にすべてを奪われる、と言っていた。


(それ自体おかしいよな)


 一般的に天使のイメージは善であり、救済という言葉と強く結びつく。

 主の言う、すべてを奪う、というのは正反対だ。


(でも、あのホラー映画みたいな風貌とは合ってるよな)


 奪うという単語がピッタリだ。


(現に、他の村人も殺されたしな)


 ただ、救済を施した後、アマメに達成感はなかった気がする。


(演技……なわけねえよな)


 前提として、おれに隠す必要がない。


(ってか、あの黒髪の女は、本当にアマメだったのか?)


 自分で思っておいてなんだが、それは間違いない。

 変化するところを目撃している。


(でもあのとき、アマツカとテンツカが導いていたよな?)


 アマメをひどい目に合わせるのは、自分たちの目的のためだ、と言っていた。


(だとしたら、おかしいよな)


 妖精の本懐である、神界に戻ること、はアマメに殺されれば達成できる。

 繭に包まれてどうこうする必要はない。

 アマメをよく思っていないアマツカの謀反ということも考えられるが、途中までテンツカが静観していた意味がわからない。


(たぶんだけど、繭に包まれることは必要だったんだよな)


 この後、アマツカは純白の翼を生やし、天使になった。


(んん!? ちょっと待てよ)


 もし仮にあの姿が天使なのだとしたら、背中にグレーの翼を生やしたアマメは違うことになる。


(おかしいよな)


 清濁併せ持つ存在だから、みたいなことを言っていたが、他者を裁くのは清廉潔白な人物であるべきだ。

 しかもそれが、神界へ行けるかどうかなら、なおさらだろう。


(もしかして、ダマされてるんじゃねえか?)


 耳心地のいい甘言を吹き込まれたのではなかろうか。


(だれに?)


 姿なき第三者。


(いつ?)


 繭に包まれている間。


「あるかもしんねえな」


 急に声が出た。


「やっと目覚めたね」


 ぼやけた視界がはっきりし、テンツカと目が合った。


「助けてくれたのか?」

「ああ」

「なんで?」

「君の演説に心打たれたから、かな。今が最高に幸せな者だっている。それはその通りだね」


 テンツカにバカにした様子はなく、むしろ自虐のような笑みを浮かべている。


「忘れていたわけじゃないんだけどね。悲願が目の前にぶら下がったせいで、見失ってしまったようだ。あの研究に費やした、最高の日々を。神界に行けたとしても、あれ以上のモノはないはずなのにね」

「それに気づけたから、回復してくれたのか?」

「違うよ。私がキミを助けた理由は、自分のためさ」


 テンツカが遠くの空を指さした。


「あそこには、たくさんの研鑽と部下を残してきた。それは私の子供と言っても過言ではないし、それ以上の宝物でもある」


 視線の先には、妖精の里があるはずだ。


「大事な大事なモノだけど、私には守れない」


 テンツカの瞳から、涙がこぼれた。

 そして、腹に槍で貫かれたような痕がある。


「アマメにやられたのか?」

「ああ」

「逃げなかったのか?」

「無駄さ。あの子には勝てないし、逃げることもできない。でも、神から授かったユニークスキルを持つ君なら、できるはずだ」


 テンツカの声は確信に満ちている。


「今だから白状するけど、私が君に目をつけたのは、ユニークスキルを持っているからだ。しかも、君の保持するユニークスキルは、私たち妖精が授けるモノとは一線を画している。それはつまり、君が神と会える人物でありながら、この世界に来れる存在である証拠だ」


 間違っていない。

 おれはサラフィネによってこの世界に転移されたのだ。


「そんな君を観察すれば、神界に行く方法を知れると思った。最悪それがわからなくても、帰るときに一緒に連れて行ってもらえるかもしれない」

「打算的だな」

「ああ。研究者なんてそんなモノさ。最後の力を振り絞って君を治したのだって、里と仲間たちを見捨てないでほしいからだ」


 正直すぎる。

 けど、嫌な気持ちはなかった。


「任せとけ……とは約束できねえけど、全力は尽くすよ」

「ははは、それで充分さ」


 テンツカのおかげで腹の穴は塞がっている。

 けど、全快とはいかない。

 立ち上がった足がブルブル震えている。


「アマメは、どこに向かった?」


 姿が見えない。


「神界山」

「んじゃ、ちょっと行ってくるよ」

「ああ。健闘を祈る」


 テンツカが倒れた。

 安らかな表情だ。


「アマメ、待ってろよ」


 テンツカとの契約(やくそく)を胸に、おれは神界山に向かった


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