316話 勇者と黒髪の女~アマメ
アマツカの胸に刺さる槍は、どこから飛んできたのだろう。
(雨が降ろうが槍が降ろうが、とは言っても、実際降るわけないんだよな)
異世界だろうがなんだろうが、そんな自然現象はありえない。
(だれかが投げた、と考えるほうが、よっぽど自然だよな)
問題は、それがだれなのか、である。
地面に伏したまま震えているテンツカは違うだろう。
「な……あ……な……」
途切れ途切れ声を漏らしているが、それに意味があるとも思えない。
(ほか? だれだよ)
もちろん、おれではない。
残る候補はアマツカの自死だが……
「嘘でしょ!? なによ……これ!?」
両目を見開いて槍が刺さった胸を確認しているのだから、その線は薄い。
「がはっ」
アマツカが盛大に吐血した。
「い……やよ。こんなところで……死にたくない」
必死に槍を抜こうとしているが、ピクリとも動かない。
重さや重心の問題ではなく、震える手足に力が入らないのだ。
「せっかく、天使になれたのに……」
眼球まで揺れ出した。
このまま放置すれば、死ぬのは時間の問題だ。
「ああもう」
大嫌いだが、このまま放置するのも寝覚めが悪い。
「ったく、ちょっと待ってろよ」
ヒールを施す前に、槍を抜いてしまおう。
「イテッ!」
槍に触れた瞬間、電気が走った。
(まさか……だよな)
既視感のある痛みに、ある可能性が浮かんだ。
空を見上げたが、だれもいない。
犯人の影も形もない……わけではなかった。
「アマメ! そこにいるんだよな?」
痛みを伴うほど、雨脚が強まった。
ただの雨なら、これほどの痛みは感じない。
これは、黒い雨と同じだ。
「もうよせよ」
雨があがった。
「アマメ! 姿を見せてくれよ」
黒い雲が固まり、徐々に人の形へと変化していく。
「成生さん」
呼ばれ慣れた声だ。
けど、その姿は初めて見る。
(いや、黒髪の美人ってことなら、前に見てるか)
フォルムは黒髪の女だが、印象は別人だ。
おどろおどろしかった雰囲気がなくなり、表情が明るい。
アマメの笑顔に酷似しているが、違う。
おれの知るアマメは、背中にグレーの翼を生やしてはいない。
「あんたが……やったのね!?」
「そうです。お母さん」
「虫唾が、走る呼び方、しないで」
「そうは言われても、事実ですから」
「あん……がはっ」
視点の定まらない目を吊り上げるアマツカを、小バカにしたような笑みを浮かべたアマメが見下している。
「許……さない! 絶……対に……許さ……ない……から!」
血を吐きながら恨みを連ねるアマツカ。
「それでいいですよ。お母さん。今、ボクが楽にしてあげますからね」
「やめろ!」
おれの制止の声は届かず、アマツカの頭と腹と股間に槍が突き刺さった。
「アマメ、こんな惨いことはするな」
「お母さんの名誉を守るためには、必要なことです」
「串刺しにすることがか?」
「はい!」
元気よくうなずく姿は、アマメそのものだ。
それだけに、心にくるモノがある。
「ボクが刺した場所を、よく見てください」
頭、胸、腹、股間で間違いない。
正中線という以外に、意味があるのだろうか。
「頭は苦しまないためです。お腹と生殖器は、ボクを宿したことを悟らせないためです」
「胸は?」
「お母さんに捨てられた、ボクの恨みです」
当たり前のようにそれを口にするということは、おれの知るアマメは、もうどこにもいないのかもしれない。
けど、あきらめるにはまだ早い。
アマメのカケラは、まだ残っているはずだ。
「なら、もういいよな」
「もちろんです!」
うなずきながら、アマメが巨大な魔力球を放った。
とんでもない魔素が凝縮されている。
「あんなモノが着弾したら、とんでもないことになるぞ」
「そんなことありませんよ」
無邪気な表情とは裏腹に、大爆発が起きた。
核爆弾を優に超すキノコ雲がわき、熱波が押し寄せる。
(マジかよ)
立っているのがやっとで、呼吸するだけでのどが焼けそうだ。
「ごめんなさい。ちょっと加減を間違えちゃいました」
てへっ、と舌を出す姿に悪びれた感じはないが、アマメが腕を振った瞬間、風も熱も感じなくなった。
「魔法って難しいですね」
「おれもそう思うよ。だから、使うのはやめようぜ」
「安心してください。今度は間違えませんから」
「やめろ!」
魔力球を生み出すアマメを、あわてて制止する。
けど、無駄のようだ。
「大丈夫です。今度はちゃんとやりますから」
アマメには、撃たない、という発想はない。
あるのは、妖精の里を消し去ることだけだ。
「風波斬!」
放たれた魔力球を、真っ二つにした。
「でりゃりゃりゃりゃりゃ!」
絶え間なく風波斬を放ち、どんどん小さくしていく。
こうすれば、被害をまぬがれる場所も生まれるはずだ。
「むう。成生さん、どうして邪魔をするんですか?」
「嫌なことをされたからって、仕返すことはねえだろ」
「これは仕返しじゃありません! この世界を清めるために必要なことなんです」
「妖精を殺すことがか?」
「違います。妖精だけではありません。生きとし生ける、すべてのモノを浄化するんです」
使命感に溢れた表情を浮かべているが、なに一つ理解できない。
「そんなことしてどうすんだよ?」
「決まってるじゃないですか。みんなで神界に行くんです」
「無理だろ」
「無理じゃありません。欲望と正義を併せ持ったボクなら、それができるんです」
両の拳を握る感じからして、ウソをついているようには見えない。
けど、信じがたいのも事実だ。
「もう少し説明してくれよ」
「いいですよ。この世界は欲望と正義で構成されています。ただ、どちらか一方だけの存在はいません。だれもが、その両方を持っているのです」
その考えかたは、陰陽道に近い。
陰の中にも陽があり、陽の中にも陰がある、というモノだ。
「その中でも特筆して欲望が強いのが人間で、正義が強いのが妖精です」
いまいち納得できないが、ここはいったんスルーしよう。
「代表格がボクのお父さんとお母さんですね」
「いや、それはないだろ」
思わずツッコンでしまった。
「そんなことありますよ。権力を傘に着てやりたい放題して、自分の欲望のためだけにお母さんを犯したお父さんは、立派な強欲人です。そんなお父さんを許せず、人間すべてを消し去ろうとしたお母さんも、正義に満ち溢れた聖女のような妖精です」
飛躍しすぎていて、なにから指摘すればいいのかわからない。
正直、頭が痛い。
「そんな両親から生まれたボクは、清濁併せ持った執行人なんです」
「だからって、皆殺しにするのは違うだろ」
「皆殺しなんかじゃありません。ボクが行うのは、星の破壊です」
「なにがどう違うんだよ」
頭痛が増した。
「さっきも言いましたけど、ボクが無に帰したモノたちは浄化され、神界に行くんです。そして、清らかな存在になって幸せに暮らすんです」
理屈はわからないが、アマメが本気だということだけは理解できた。
「イジメも貧困もない恵まれた一生を、みんなで享受するんです」
「そんなことはありえねえよ」
「なんでですか!?」
「神界でも、犯罪や暴力はあるからだよ」
この目で見てきたから、間違いない。
「ウソです!」
「ウソじゃねえよ。だれもが幸せに暮らせる世界なんて、どこにもねえよ」
神のいる世界ですら、陰謀が渦巻いているのだから。
「なんで……なんで成生さんまで、ボクを否定するんですか!?」
「否定じゃねえよ」
「ほら! 否定してるじゃないですか! なんでボクばっかり! もう嫌だ! もうなにもいらない!」
涙を流しヒステリックに叫ぶアマメに気を取られ、反応が遅れてしまった。
「ヤベッ」
回避動作を取ったが、一瞬遅かった。
「あぐっ」
アマメの放った槍が、おれのわき腹に突き刺さった。