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315話 勇者のほほを涙雨が濡らす

 黒いオーラが弾けた。

 あれが繭のようなモノなんだとしたら、アマメがいるはずだ。

 しかし、その姿はどこにもない。

 もぬけの殻である。


「嘘だ。こんなことはありえない!」

「ははは、やったわ。汚点が消えた」


 テンツカが目を見開き、アマツカは満面の笑みを笑みを浮かべている。


「お前ら、なにがしたいんだよ?」

「おかしい。こんなはずはない!」


 おれの問いが聞こえないほど、テンツカは取り乱している。


「先生、そんなこと言っては駄目よ。研究者なら、真摯に結果を受け止めなきゃ」


 髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回すテンツカの背中を、アマツカが優しくさすった。

 なぐさめているようにも見えるが、半笑いの表情からは蔑みを感じる。

 丁寧な言葉遣いに戻ったのも、その一環だろう。


(まあ、こいつらの関係なんてどうでもいいけどよ)


 問題があるとすれば、アマメが消えたことだ。


「おい! どういうことか説明しろよ」

「理解の外にあることを、説明できるわけがないだろ!」


 いつも冷静だったテンツカが怒鳴り返すのだから、本当にわからないのだろう。


「マジかよ!? んじゃ、アマメはどうなっちまうんだよ」

「安心なさい。代わりにわたしがしてあげるわ。あの子は死んだのよ」


 満面の笑みからは、この上ない喜ぶが伝わってくる。

 腹立たしい。


「ふざけんな! そんなことがあってたまるかよ」

「実際起こってるじゃない。さっきまでそこに存在していたあの子は、今どこにもいないんだから」


 たしかに、アマメの姿はどこにもない。

 まるで、最初からいなかったかのようだ。


「嘘だ。こんなことはありえない! 絶対に間違いだ!」

「先生、現実を見てください」


 かぶりを振り続けているテンツカの顔を両手で掴み、アマツカが目を合わせる。


「これが証明です」

「ああああああああ」


 突如アマツカの背に翼が生えたのだから、テンツカが両目を見開いて驚くのも無理はない。

 声こそ出していないが、おれも同じだ。

 純白の大きな翼。

 それは間違いなく、天使の羽である。


「喜んでください。先生の研究は完成しましたよ」

「嘘だ……嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」

「じゃあ、これは何なんですか?」


 軽く動かしている様子からして、飾りではない。


「そんな……天使(その)姿になるのは、私のはずなのに」


 よほどショックなのだろう。

 頭を抱えたままくず折れ、テンツカは微動だにしなくなった。


「その姿は天使なのか?」

「その通りよ」

「清らかな存在じゃないお前が、天使になれるのかよ」


 眉を吊り上げる様子からして、本質に変化はなさそうだ。

 しかしそれも一瞬で、すぐに小バカにしたような表情に戻った。


「劣等種にもわかるように説明してあげるわ。わたしが天使になれたのは、わたしの中にあった穢れたモノを消したからよ」

「アマメのことか?」

「ははは。まさしく馬鹿の質問ね。答えなんて、それ以外にないでしょ」

「お前……親だろ!?」

「だから何!? まさか、親が子供を愛すのは当然だ、なんて言わないわよね?」


 言うわけがない。

 現実がそれほど美しくないことを、おれはちゃんと理解している。

 望まない妊娠で生まれた子を愛せないのだって、納得できる。

 けど、最低限の愛情を施してやってほしいと願う。

 育てられないなら、せめてだれかの庇護を受けられるようにしてほしい。

 戯言だとは理解しているが、それがせめてもの責任だ。

 そして、それすらできないのであるなら、子供を作るべきじゃない。


「産まなきゃよかったじゃねえか」

「中絶なんかしたら、わたしがより穢れてしまうでしょ。穢れた存在を十月十日身に宿すだけでも苦痛なのに、消えない穢れまで刻まれたくないわ」


 吐き捨てるような言葉は胸をえぐる。

 赤の他人のおれでこうなのだから、アマメが聞いたらもっと悲しいだろう。


 ポタッ


 ほほに水滴が落ちた。

 見上げると、空は黒い雲に覆われ、雨粒が落ちてきている。

 黒ではなく、透き通ったキレイな水だ。


(涙雨だな)

「センチメンタルに浸ってるところ悪いけど、あんたには死んでもらうわよ。フレイムバースト!」


 アマツカが撃ち出した巨大な火の玉が爆発した。


「これでよかったのかもな」


 飛散する無数の火の玉を前に、おれはそうつぶやいた。


「そうよ。あの子とあんたが死ねば、これ以上の最良はないわ」


 おれは無言のまま、竜滅刀で火の玉を薙ぎ払った。


「何!? いまさら命が惜しくなったの?」

「いまも昔も命の重みは変わんねえよ」

「なら、さっさと死になさい!」


 再度放たれた炎を、竜滅刀で斬り伏せる。


「勘違いしてるみたいだから言っとくけどよ。おれがこれでよかったって言ったのは、醜い母ちゃんを見なくて済んだアマメに対してだよ」

「なんですって!?」

「いや、怒る意味がわかんねえよ。他人を嬉々として殺す母親の姿なんて、だれも見たくねえだろ」


 正直、他人であっても直視に耐えない。


「ははは。これだから馬鹿は嫌いなのよ。あの子はわたしのために死んだの。役立たず子供がやっと報えたのだから、本望に決まってるじゃない」

「お前と一緒に、アマメの気持ちを推察する気はねえよ」

「推察じゃないわ。事実よ」

「だとしても、おれは認めねえよ」


 どんな理論も理屈も関係ないし、善と悪でもない。


「子供の幸せ一つ守れないで、天使になんかなれるわけねえだろ!」


 これはおれの感情論。


「なれるわ」


 アマツカの言い分も当然だし、否定する気もない。


「わたしが天使である証明を、今、示してあげる!」


 翼を大きく広げたアマツカの胸に、黒い槍が突き刺さった。


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