310話 勇者はでたらめな映像を目の当たりにする
街道を進み始めて、五分ぐらい経過した。
が、一向に分かれ道に差しかからない。
文字が読めないおれからすればあっても無くても一緒だが、ここまで遭遇しないのは初めてだ。
「んん!?」
突如、前方に城が現れた。
角度や距離の問題ではない。
いままで霧で見えなかった城が、晴れたことで見えるようになった感じだ。
(準備ができた、ってことか)
そうでなければ、不自然すぎる。
「まっ、なんでもいいけどよ」
迷わないで済んだだけでも十分だ。
一気に突っ込んでもいいが、気持ちを落ち着けながら進もう。
「ふおおっ!?」
冷静を保とうとした矢先、心臓が飛び跳ねた。
(ビビったぁ~)
空から人が落ちてきたのだ。
飛び降りれるような場所はないので、意図的に落とされたのだろう。
(知り合いなんだろうな)
そうでなければ、ここでやる必要はない。
「おい、生きてる……わけねえか」
残念ながら、息はしていなかった。
落ちてきたビシには申し訳ないが、どうしてやることもできない。
(宿のおばちゃんたちにも申し訳ねえな)
料理長とともに帰りを待っているのだろうが、それも叶わない。
唯一の救いがあるとすれば、外傷がないことだろう。
「このまま、ってわけにもいかねえよな」
一宿一飯を含めた恩がある。
おれは魔法で穴を掘り、ビシを埋葬した。
墓標もなにも用意してやれないが、これで勘弁してもらうしかない。
「その代わりじゃねえけど、アマメは絶対救うからよ」
誓い、おれはその場を離れた。
イアダマク共和国は異様な熱気に包まれていた。
通りを埋め尽くす多種多様な種族が、おれをにらんでいる。
(これは熱気というよりは、殺気だな)
中には石を投げていくヤツもいたが、それは許されていないようだ。
警備兵が取り押さえて連行していく。
かといって、警備兵が味方なわけでもない。
彼らも総じておれをにらんでおり、上司の指示で渋々行っているのがわかる。
(いやぁ~、嫌われたもんだな)
なにもしていないのに、この反応はすごい。
おれには理解できないが、彼らの中に負の感情が渦巻いている。
(アマメは大丈夫か?)
気持ちの優しい子だから、さぞ悲しい思いをしているはずだ。
おれは不自然に空けられている大通りを進む。
「あそこか」
広場にテンツカの姿が確認できた。
「遅かったわね」
「待たせるのは女の特権じゃねえよ」
Booooooooo!!!!
強烈なブーイングだ。
あまりの大きさに、耳だけじゃなく頭まで痛くなる。
「黙りなさい」
騒音の中にあっても、テンツカの声ははっきりと認識できた。
それはおれだけでなく、聴衆も同様らしい。
すぐに静かになったのが、その証拠だ。
「これからムツ王国王女アマメと、その従者である清宮成生の裁判を始める!」
急な宣誓に面食らうが、勝手にしてもらいたい。
どうせ判決など決まっているのだ。
万が一すら望む気も起きない。
(一億パーセントで敗訴だろうしな)
「まずは、あなたたちがムツ王国の生き残りだという証拠から見せましょう」
テンツカが腕を振ると、空中にプロジェクションマッピングのような映像が生まれた。
「姫! もう大丈夫ですよ!」
汚物で汚れたアマメを、おれが抱きしめている。
その光景には覚えがあるが、そんなセリフは吐いていない。
「ご安心ください。おれがあなたを守ります」
その思いはあるが、口にはしていない。
映像が変わり、ビシの屋敷になった。
「アマメ様の保護、ご苦労様でした」
「顔をお上げください、ビシ様。おれは責務を果たしただけです」
「あなたがこなしたのは、なにより素晴らしい職責です。我々ムツ王国にとって、アマメ様は神様のような存在ですから」
「ええ。アマメ様がいるかぎり、ムツ王国が消えることはありません」
この会話も身に覚えがない。
(っていうか、ビシに敬語を使ってねえし)
おそろしいほどの捏造だ。
また映像が変わった。
「ファイヤートルネード」
あいさつとばかりに、おれがクイッと中指と人差し指を持ち上げた。
次の瞬間、家屋が炎に包まれた。
(これは……一号と出会ったときだな)
おれがビアの首を握っているので、間違いない。
事実と違うのは、それをしているのが黒髪の女ではないことだ。
「なんて惨いことをするのよ」
正面にいるテンツカが口を手のひらで被う。
(いや、お前いなかったよな!?)
立ち位置からして、そこはおれがいた場所だ。
「アマメ様を傷つけたバカどもに、制裁を下しただけだ」
悪役っぽく笑うおれ。
違和感がないのがおそろしい。
またまた映像が変わった。
「ファイヤートルネード」
同じ映像に思えるが、これは二度目の凶行のときだ。
「なんてことをするの!?」
「貴様! 気でも狂ったか?」
おれを批難するテンツカとガネイロ。
一号と二号の姿はどこにもない。
「こんな辺鄙な村は用済みだからな」
くっくっく、と笑うおれは様になっている。
(悪役もイケるな)
役者になる気は微塵もなかったが、意外と売れるかもしれない。
そんな現実逃避をしなければ、馬鹿らしくて見ていられなかった。
「すまない。遅れた」
「炎が上がったときは肝を冷やしたけどね」
「なんにしろ、間に合ってよかった」
キアヌ、カーマイオ、ネフタが現れた。
「お前らもこのときはいなかったよな?」
なんてツッコんでも無意味だ。
観衆は映像に釘付けで、だれも聞いていない。
「飛んで火にいる夏の虫とはこのことだな。ここでお前らを消せば、アマメ様の悲願も成就する!」
おれが竜滅刀を一閃し、後から現れた三人の首をはねた。
『キャアアアアア』
観衆から悲鳴が轟いた。
(叫びたいのはこっちだけどな)
無実の罪まできせられ、映像の中のおれが不憫でならない。
「まだあんのかよ」
ボヤくおれを無視して、再度映像が変わった。
「ビシ様、安心してお休みください」
ついさっき埋葬したシーンだ。
「アマメ様は必ず救い出します!」
土をかける寸前、ビシが笑ったような気がする。
クサい演出だが、ヘイトを溜めるには最適だ。
「ムツ王国の再建を空から見ていてください」
イアダマク共和国に向かって歩き出すおれからは、使命感が沸き上がっている。
「これがあなたたちがムツ王国の生き残りである証拠です。そして、この世を平和に導いたガネイロの仲間を殺した証拠でもあります!」
映像が終わると同時に、テンツカがそう言い放った。
「この人でなし!」
「鬼畜!」
「悪魔!」
一斉に石が投げられる。
当たっても痛くないから放っておくが、だれ一人として映像に疑問を持たないのは不思議だ。
(まあ、それぐらい信用があるってことか)
テンツカとガネイロが築いた功績の高さの証明でもある。
けど、そんなモノに興味はない。
「アマメはどこだ?」
「ここだ」
声は頭上から降ってきた。
見上げれば、たしかにいた。
宙に浮くガネイロの左手が、アマメの首根っこを掴んでいる。
『ウオオオオオオオオオオオオ!! ガッネェイロッ! ガッネェイロッ!』
大興奮で大合唱すると同時に、観衆がアマメに石を投げつけた。
魔法の膜で覆われているからケガはないが、見ていて気持ちのいいモノではない。
(何人かぶっとばして、おれに注目を集めるか)
「させません!」
動こうとしたおれの足元に、魔法が撃ち込まれた。
「おい! あいつ暴れる気だぞ!」
「ふざけんな! てめえにそんな権利ねえぞ!」
非難の声が降り注ぐ。
言うのは勝手だが、耳障りでもある。
そしてなにより、いまだアマメに石を投げ続けているヤツがいるのが許せない。
「いい加減にしろよ」
キレそうだが、暴れてはいけない。
ここで武力行使をしたら、映像のすべてが肯定されてしまう。
おれはそれでもかまわないが、この世界に残されるアマメはべつだ。
幸せを享受できる環境を残してやることも、アマメを守るためには必要だ。
「あの子は関係ない!」
「うるせえ! そんなわけねえだろ!」
わかっていたが、おれの声はだれにも届かない。
けど、そうではなかった。
「うううっ。なんでボクばっかり」
どうやっても覆せない現実を聞き、アマメが泣いている。
それが、終焉への始まりだった。