30話 勇者は二号の手紙を紛失する
日が沈む前に、六の村に帰ってこれた。
(んん!?)
村に入った瞬間、眉をひそめた。
様子が一変している。
出かける前は悲壮感たっぷりだったのに、いまは大きな焚火の前に村人が集まり、食事を楽しみながら、歌ったり踊ったりしている。
みんな笑顔で、とにかく賑やかだ。
(なんだこれ!?)
わけがわからない。
けど、村を襲った魔物は一掃されているし、目に映る範囲に全壊した家屋は一棟もない。
一部損壊しているところもあるが、微々たるものだ。
結果だけ見れば、喜ばしいのだろう。
…………
ただ、腑に落ちない。
大事なご神木は倒れてしまったのだ。
それを嘆き、おれやベイルに石を投げてきた者もいたではないか。
あの怒りと絶望に満ちた表情をしていた者たちも笑っている現実に、脳みそが追い付かない。
「帰ったか。バカ野郎」
村長がおれとワァーンのもとに、歩み寄ってきた。
「これはどういうことですか?」
「危機は去った。喜ぶのは当然だ」
歌い踊る村民を指さすおれに、村長は笑顔でうなずいている。
それがなお、おれを混乱させた。
危機は去った。
それは間違いないが、第二波第三波があるのも証明済みだ。
いまそれが起こったら、対処できるのだろうか?
疑問をぶつけると、
(なにを当たり前のことを言ってんだコイツは。バカ野郎が!)
口にこそ出さないが、村長の表情はそう雄弁に語っている。
「で、ワァーン。他の村はどうだった?」
おれでは話が通じないと思ったのか、矛先がワァーンにむいた。
「五の村と四の村にしか行けませんでしたが、各村無事でした」
「えっ!?」
「どうされました? 勇者様」
思わず声を上げてしまい、ワァーンを驚ろかせてしまった。
「ああ、ごめん。五の村は無事じゃない気がしたから」
モンスターに襲われ滅茶苦茶にされていた光景が、脳裏をよぎる。
「確かにそうですね。すみません。私の言葉足らずです」
おれに頭を下げたワァーンが、あらためて言い直す。
「五の村はモンスターによる襲撃で損害が出ましたが、ご神木は無事です。四の村はご神木共々、一切の被害は見受けられません」
正確な報告だ。
そこに悲壮感はない。
「そうかそうか。それはよかった」
村長も喜んでいるし、ワァーンも笑みを浮かべている。
(六本あるうちの一本が倒れただけで、問題はない、ってことなのか?)
雰囲気から察すれば、それで間違いない。
けど、納得がいかないのも事実だ。
(まあ、外様のおれには理解できないのかもな)
木々の判別や価値観など、差異を感じることは多々あった。
今回もそういった類なのだろう。
「ご苦労。お前も楽しんできなさい」
「はい。ありがとうございます」
…………
「色気より食い気か。馬鹿野郎」
屋台に走っていくワァーンをあきれ顔で眺めているが、村長はどこか嬉しそうだ。
「……いつか、だれかのモノになっちまうんだろうな」
慈愛に満ちた瞳の奥に、一抹の寂しさを感じさせる。
娘の幸せを願いながらも、それが現実にならないでほしい。
そんな複雑な親父心が、垣間見れた。
「村長、話がしたいんだけど」
本来ならそっとしておくべきだが、おれにも確認しておかなければならないことがある。
「お前にも感謝している。いや、感謝してもしたりねえ」
言葉とは裏腹に、村長の視線は鋭い。
それはまるで、外敵にむけるモノだ。
「俺だけじゃねえ。村人全員がそう思ってる」
その言葉で気づいた。
よく見れば、歌い踊り楽しんでいる村人の中に、村長と同じ視線をぶつけている者がいる。
(これ以上、踏み込んでくるな!)
おれにはそう聞こえた。
「今夜は楽しんでくれ」
村長の表情は硬いままだ。
拒絶、と受け取って間違いない。
(ご神木や各村を回る意味などを確認したかったが、無理そうだな)
しつこく問いただしてもいいが、スムーズに会話が進むとは思えない。
それに、巻き込まれるままここまできたおれには、理解できていないことのほうが多く、追求する手札も皆無だ。
はぐらかそうと思えば、そうむずかしくはないだろう。
(なら、時間の無駄だな)
おれ自身そんな意味のあるかないかわからない問答は好きじゃないし、やるなら成果を積み上げるべきだと思う。
たとえそれが失敗なのだとしても、そうだと理解できれば糧にも出来る。
トライ&エラーは、決して無駄にはならない。
けど、現状でそれは不可能だ。
(もしこのまま拒絶されるなら、最低限の責任は果たした、と考えてもいいかもしんねえな)
正直、求められてもいないのに深入りするのは趣味じゃないし、利用されるだけというのもお断りだ。
この関係が続くなら、おれは本来の目的通り、この世界にいるもう一人のおれを探しに行ったほうがいい。
ワァーンの言葉を信じるなら、森の外にも人はいるし、その人たちから情報収集するのも一つの手だ。
「話は……明日……聞く……からよ」
おれの思考を戻したのは、村長の歯切れの悪い言葉だった。
「バカ……」
野郎は口にしなかった。
(いや、言えなかったのかもな)
背をむける前に見た村長の顔は、眉も目じりも下がっていた。
それはいまにも、泣き出しそうなほどに。
ワァーンもそうだが、この親子は時折こうなるのだ。
自責の念に駆られたような表情を、不意に浮かべる。
言いたいことがあっても言えないのか、言ってはいけないことなのか。
どちらにしろ、秘密があるのは間違いない。
(問い詰めるのは……簡単なんだけどな)
けど、それを行うのは気が引ける。
背中を丸めうつむいて去っていく村長の後姿は、おれにそう思わせた。
「ったく、めんどくせえところに召喚しやがって」
面とむかって文句を言ってやりたいが、サラフィネはいない。
胸にモヤモヤだけが強く残る。
が、それで思い出した。
二号から手紙をもらっていたはずだ。
「どこに仕舞ったっけ?」
ポケットをまさぐるが、ない。
(…………ちょっと待てよ。仕舞った記憶がねえな)
鎧の中にもない。
手甲や足甲も外してみたが、どこにもない。
もう、おれが身につけている物で手紙が入り込む隙間があるのは、鞘の中だけだ。
剣を抜き、逆さにしてみた。
なにも出てこない。
ということは……無くしたのだ。
「やっちまったなぁ」
二号の声が聞こえた気がする。
(すまん。やっちまったよ)
空耳なのは理解しているが、おれは謝った。
二号は責めなかった。
(まあ、おれのさじ加減一つだけどな……)
許してもらったと考えてもいいだろう。
なにせ、二号はおれなのだ。
(うん。ポジティブにいこう)
チョロいのかもしれないが、気持ちが上がったような気がする。
すると、ぐぅっと腹が鳴った。
そういえば、この世界に来てから固形物を口にしていない。
「よし。ますは食事だな」
空腹だとネガティブになりやすい。
焚火の奥から、美味しそうな匂いが漂ってきている。
「屋台か」
視界にとらえたそこへと、おれは真っ直ぐにむかった。