306話 勇者の前に現れた妖精はテンツカであってニアマではない
自分でいうのも正直どうかと思うが……初対面の人間に襲われるのも慣れたものだ。
「すべての遺恨を断ち切る」
勇者っぽい兄ちゃんの動きは速く、一瞬で間合いを詰めてきた。
が、慌てることはない。
これぐらいのことは経験済みだし、なんならもっと速いヤツとも戦った経験もある。
「爆裂斬」
アマメを抱えても十分に対処できる一撃だ。
「なあ、剣を交わす前に、言葉を交わすべきだと思うんだよな」
「戯言をぬかすな!」
再度振り下ろされる剣同様、おれの提案はバッサリ斬り落とされた。
(戯言なのか?)
叱責されたが、それほど見当違いなことを口にしてはいない。
「自己紹介とまでは言わねえけどよ、名乗りぐらいはあげてもいいだろ」
「世界を混沌に落とす者と交わす言葉など、持ち合わせてはいない!」
なおも食い下がるおれに、勇者っぽい兄ちゃんは目を吊り上げた。
過剰反応……に思えるが、そうではない。
静観していた狩人っぽい姉ちゃんが無言で放った矢と、
「ファイヤーアロウ!」
魔法使いが放った炎の矢が合体し、おれに迫っている。
リアクションからして、両者も怒っているのだろう。
唯一動かなかった戦士も、顔を真っ赤にしている。
(そんな怒ること言ってねえよな)
首をひねりながら、矢も躱した。
「もらった!」
動作終わりを狙い、戦士が大剣を構えて突っ込んできた。
緩慢とは評せないが、勇者っぽい男と比べると遅い。
「よっ」
おれが飛び退いた箇所に振り下ろされた大剣が、地面を陥没させた。
「ひぃっ」
おれにしがみつく、アマメの手が震えている。
これ以上は、精神衛生上よろしくない。
「なあ、マジで勘弁してくれよ。おれたちは世界を混沌に落とすつもりもねえし、お前らと戦う気もねえんだからよ」
「その戯言を信じろというなら、腕の子をこちらに渡せ!」
「アマメは関係ねえだろ」
「ある! その子がいるかぎり、この世界に真の平和はこないのだ!」
意味がわからない……こともない。
ビシの話を信じるなら、アマメは旧王族の血を継いでいる。
だからこそ、本人が望む望まないにかかわらず、反乱の旗頭になる可能性は捨てきれない。
旧王族の復権、という大義名分がある以上、利用されることもあるだろう。
「冷静になれよ。こんな年端もいかない子が、そんな大それたことを考えるわけねえだろ」
少なくとも、いま現在国を転覆させる可能性はゼロだ。
「だからこそ、今手を打つんだ! その子が脅威になる前にな!」
聞く耳がない、というよりは、描いてる未来がかけ離れている。
彼らにとっては、近い、もしくは遠い未来において、アマメは確実に脅威になる存在なのだ。
(旧王族は逃げ延びたのか?)
自分で考えておいてなんだが、それはない。
もしそうなら、アマメに固執する必要はないのだから。
(いや、待てよ)
幼少期を耐え忍んで生きたアマメが立ち上がることに、大きな意味があるのかもしれない。
同情や苦しさに共感する者も多くいるだろう。
(そうなれば……反対勢力は拡大するか)
下手をすれば、現勢力を上回るのも時間の問題だ。
イアダマク共和国は建国から間がないのだから、その可能性は十分にある。
「爆裂斬」
「シャドーアロウ」
「ファイヤーアロウ」
おしゃべりは終わりというように、勇者っぽいパーティーの攻撃が押し寄せてくる。
戦士だけは技名がないようだが、大剣をブンブン振り回している。
「落ち着けよ。やりあうにしても、話し合ってからでも遅くないだろ」
彼らの狙いはアマメだ。
おれもろとも、という雰囲気もあるが、明確な狙いはアマメに集中している。
「なあ!? マジでいい加減にしろよ!」
もはや話すことなどない、とばかりに攻撃が降り注ぐ。
戦い慣れたパーティーは連携もバッチリだ。
だんだん避けるのもしんどくなっている。
このままでは、アマメに万が一のことも起こりうる。
(ダメだな)
それだけは絶対に許容できない。
(しかたねえ。応戦するか)
竜滅刀を抜いた瞬間、小さなブラックホールが生まれた。
「なんだ!? アレ」
おれも驚いたが、勇者っぽいパーティーの驚きはそれを凌駕している。
全員が固まったように動きを止め、ジッとブラックホールを凝視している。
「お待たせ」
ブラックホールが閉じた瞬間、それと入れ替わるように妖精の女が姿を現した。
「ニアマ」
『アマツカ』
おれと勇者っぽいパーティーが揃って名を呼んだが、別人だった。
『えっ!?』
揃って首をかしげるリアクションは一緒だ。
「わたしの名前はアマツカ。残念ながら、ニアマ、なんて名じゃないわ」
勘違いらしい。
けど、にわかに信じることはできなかった。
コバルトブルーの長い髪と、長く尖った耳が印象的な外見は、おれの知るニアマそのものである。
もし別人なのだとしたら、一卵性の双子以外に考えられない。
「双子の姉か妹はいる?」
「いないわ」
「なら、他人の空似か……って、そりゃないだろ」
世界に三人はそっくりさんがいるとはいうが、この短期間で出会うことはない。
しかも、おれが出会った妖精はほんの数人である。
両手で数えられる中に、ドッペルゲンガーはいないだろう。
百歩譲って、妖精は外見が似ている、という特徴があるならまだしも、おれが出会った妖精はみな全然違う容姿をしていた。
「疑うなら帰ろうかしら」
後ろで手を組み、石を蹴るような仕草で不満を示している。
可愛らしいというより、小バカにされている気がしてならない。
「わかったよ。別人でいいよ」
「あなたに許可してもらわなくとも、わたしはアマツカであって、ニアマじゃないわ」
「はいはい。わかりました。おれの勘違いです。でぇ!? アマツカさんはなにをしにいらしたんですか?」
「仲裁よ」
それは願ったり叶ったりだが、勇者っぽいパーティーはそれを望んでいない。
好戦的な目が、いまだアマメに向けられている。
「ふふふ。腕の見せ所ね」