305話 勇者は問答無用で襲われる
「成生さん、これからどうされるんですか?」
てくてく歩きながら、アマメがそんなことを訊いてきた。
「ああ、言ってなかったか。神界山に行こうと思ってるよ」
「行けるんですか?」
それは至極真っ当な質問であり、妖精の里にすら行けなかったヤツを疑うのは当然だ。
「妖精に入山の許可は貰ったから、大丈夫だろ……たぶん」
言い切れないところが残念でならないが、こればかりはしかたがない。
入山許可をもらったのは本当だが、問題なく入れるかは行ってみなければわからないのだから。
「妖精さんに会われたんですか? うらやましいです」
目をキラキラさせているが、そんないいモノではない。
(アイツらは、一筋縄じゃいかねえだろうしな)
ニアマもテンツカもクセが強い。
少しの会話で、アマメの幻想を打ち砕くだろう。
(かかわりなく過ごせるなら、それが一番だよな)
お互いのイメージを崩さないためにも、それが最善だ。
「おっ!? あったな」
そうこうしているうちに、分かれ道と看板に遭遇した。
「右がラシール村で、左がイアダマク共和国です」
アマメがすぐに読んでくれた。
神界山はないらしい。
「んじゃ、右か」
「はい」
街道を進むと、すぐにラシール村の入り口が見えた。
一号によって破壊された形跡があるから、間違いない。
「んん!?」
眉をひそめ、おれは足を止めた。
村に人がいる。
(生き延びた……わけじゃなさそうだな)
遠くて断言はできないが、一般人ではなさそうだ。
鎧を身につけている外見からして、事件の調査にきた騎士団だろう。
いろいろ訊かれても説明できないし、拘束される時間ももったいない。
「アマメ、引き返すぞ」
おれたちは踵を返した。
「待てぇ~!」
と言われて、待つバカはいない。
「成生さん、従わなくていいんですか?」
素直なアマメは立ち止まるのかもしれないが、ひねくれ者のおれは違う。
断固として、相手をする気はない。
なぜなら、追ってきているのがラシール村にいた騎士たちだからだ。
見つからないようにしたつもりだったが、相手もおれたちに気づいていた。
(直前で踵を返したら、そりゃ怪しいよな)
犯人は現場に戻る、という格言からすれば、おれたちを容疑者と判断するのもうなずける。
「貴様! さては人攫いだな!?」
「バカ言ってんじゃねえよ」
思わず反応してしまった。
アマメを小脇に抱え走っているからそう思うのはうなずけるが、無実もいいところだ。
「なら、止まれ」
(やなこったい)
何度も、そして何度でもいうが、関わったら面倒事しかない。
神界山に行くためにも、こんなことに煩わされている場合ではない。
「待て! 止まれ! 従わぬなら、実力行使もいとわんぞ!」
チラッ、と後方を確認した。
何人かが足を止め、おれを狙っている。
集約されている魔素量からして、当たっても問題ない。
けど、アマメはべつだ。
未来ある身体に傷を残すわけにはいかない。
「きゃ~っ。助けて~」
弱者アピールをしながら、おれは猛烈にダッシュした。
すぐに騎士たちは見えなくなり、新たな分かれ道に差しかかった。
「アマメ、なんて書いてある?」
勘で進んでもよかったが、選んだ道がラシール村に続いていたら、話にならない。
「み、右も左も……ラシール村です」
困惑した表情からして、ウソではない。
だとしたら、これは妖精のイジワルと考えていいだろう。
「アイツら、マジでふざけんなよ」
猛烈にイライラする。
「こうなったら、道なき道を行くか」
街道を進まなければいけないルールはない。
もし仮にあったとしても、おれには関係ない話だ。
「よし。いくか」
「いたぞ! 皆の者、急げ!」
騎士たちが追い付いてきた。
数がだいぶ増えている。
もしかしたら、一〇〇人を超えるのではなかろうか。
(ってことは、村に残った騎士はいない可能性もあるよな)
無人が予想されるなら、ラシール村に行くのも一つの手だ。
さいわい、前の道に兵士の姿はない。
理屈としては、彼らの後ろに出れるはずだ。
「上手くすれば、逃げることも可能だよな」
鉢合わせになる可能性も捨てきれないが、争わなくていい道があるならそれを選びたい。
「頼むぞ」
穏便に済ませられる未来を願って、おれは右の道を進んだ。
「やはり戻ってきたな」
ラシール村に騎士はいなかったが、おれに切っ先を向けてくる男がいた。
背丈は同じぐらいだから、一七〇前半。
ただ、それ以外はなにもかもが違った。
髪色は銀で、肌色は紫。
意匠の凝った装備と、風にたなびく真っ赤なマント。
(勇者っぽいな)
毅然とした立ち姿も文句なしだ。
「不穏分子が残っているのは理解してたが、こうも早く動き出すとはな」
「いまだに己が罪を認められないようですね」
「世界は君を望んでいないの!」
口々におれを批難するが、正直なんのことやら、である。
唯一理解できるのは、戦士、魔法使い、狩人っぽい格好をした面々は、みな殺る気だ。
ちなみに、狩人だけが女性である。
「世界がやっと手にした平和。これを守るためなら、俺は再び戦うこともいとわない!」
勇者っぽい男も殺る気だ。
(マジでわけわかんねえよ)
なぜおれたちが狙われるのかもそうだが、歴戦の勇者のような強者たちが出張ってくる意味がわからない。
「少しでいいから、話をしようよ」
「問答無用。いざ参る」
勇者が地を蹴り、おれたちの戦いの幕があがった。