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304話 勇者はラーシル村を後にした

 目が覚めると、朝だった。

 おれはベッドに横になり、隣りにはアマメがいる。

 昨日と変わらない光景に、少しだけ安心した。

 上半身を起こし、窓に目を向ける。


(夢じゃなかったな)


 そうであればよかったが、焼けた大地と消えた家々が、そうでないことを告げている。


(これで二つ目か)


 ラシール村に続き、ラーシル村も壊滅させられた。


(これに意味がない……なんて考えるほうが無理だよな)


 黒髪の女に目的があるのは明白だ。

 けど、それがなんなのかわからない。


(無差別に目が合ったヤツを殺すなら、養豚場だけ破壊するのは違うんだよな。おれを狙っている感じもするけど……それだけじゃない気がするしな)


 可能性は多岐に渡っているが、そのどれもがハズレに行き着く気がしてならない。


(なんか、街道の分かれ道みたいだな)


 看板に行き先は記載されているが、すべては妖精(エルフ)次第。

 場合によっては、一生目的地に着かないこともありそうだ。


(妖精……と関係あると考えるべきなのか?)


 ニアマやテンツカは、黒髪の女とかかわるのに消極的だった。

 君子危うきに近寄らず、的なことかもしれないが、よく考えるとおかしい。

 自分たちの影響下にある場所に現れた不審者を放っておくはずがないし、テンツカのように自分の研究のためなら無茶も辞さない人物が、動かない、という選択をするのだろうか。

 個人的には否だ。

 自らの手に負えないとしても、安全圏から観察することはできるだろう。


(たぶん、いまも観てるんだろうしな……って、そういうことか)


 おれを通して事態を把握できるなら、黒髪の女のことも観察できるはずだ。

 そして、そのほうがよっぽど安全である。

 もし仮に実験しているところを襲撃されたら、諸々の研究機材や積み重ねた結果資料まで失うかもしれない。


(あの手のタイプは、それを許さねえよな)


 研究結果は子供でも孫でなく、自分自身なのだから。

 よほどのことがないかぎり、自分を殺す道を選ぶわけがない。


(殺すといえば……おれへの殺意は、二号のほうが強いよな)


 具体的に宣言されたからかもしれないが、たしかにそう感じた。


「う~~~ん」


 気づけばうなっていた。


「おはようございます」


 アマメを起こしてしまったようだ。


「悪い。まだ寝てていいぞ」

「大丈夫です」


 目をこすりながら、アマメが体を起こした。


「んじゃ、身支度するか」

「はい」



 身支度を終えたおれたちは、受付に向かった。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 挨拶は返ってきたが、おばちゃんはうわの空だ。

 気持ちの整理がつかないのは当然だし、責める気もない。

 けど、話をしないわけにもいかない。


「いま、お時間いいですか?」

「料理長も聞きたいだろうから、食堂で頼むよ」

「わかりました」


 食堂に入ると、いい匂いがした。


「こんなときに、よく料理なんてできるね」

「気が紛れるんだ。もう少しでできるから、座って待っててくれ」


 呆れ気味のおばちゃんに苦笑しながら、料理長はそう返した。

 わかる気がする。

 追い詰められたときほど、べつのモノに熱中してしまう。

 それは人間の(さが)だ。

 おれにも、多々思い当たる過去がある。


「はい。完成。悪いけど、テーブルに運んでくれるかな」


 物思いにふける間に、朝食が出来上がった。

 焼きたてのパンとコーンポタージュのような黄色のスープ。

 サラダは緑の葉、紅いトマト、白アスパラ、茶色のクルトンなどが、彩りよく盛られている。

 メインは、ひき肉を混ぜたオムレツだ。

 どれも一見簡単そうに見えるが、仕込みから相当な時間をかけていることは、想像にかたくない。


(たぶん、寝れなかったんだろうな)


 または、寝られたとしても、すぐに起きてしまったのだろう。

 部屋に一人でいたら、不安にも襲われたはずだ。


(ベッドに横になるだけでも、思い出すだろうしな)


 恐怖を忘れ、気を紛らわせる方法が、料理だったのだろう。

 手順を考え、手を動かすことで、精神を保っていたのだ。

 おれにできることがあるとすれば、それを残さず食べることだけだ。


「いただきます」


 朝食をテーブルに運び、手を合わせた。


「いただきます」


 アマメもそれに倣う。

 最初こそ見ているだけだったおばちゃんと料理長も、黙々と食べるおれたちに影響され、バクバクと食べだした。


『ごちそうさまでした』


 あっという間に完食した。


「お茶を用意しようか」


 料理長の顔に生気がみなぎっている。

 やはり、食は偉大だ。

 ただ、それも曇ってしまうかもしれない。

 黒髪の女が残した爪痕は、そのぐらい強烈だ。



「そうか。生き残ったのは僕たちだけか」


 昨日の出来事を聞き終えた感想がそれだった。


「信じらんないね」


 予想通り、料理長もおばちゃんもひどく沈んでしまった。


「あたしたちはこれから……どうなっちまうのかね」

「それについてなんですが、あきらめるのは早いかもしれません。たぶんですけど、ビシは生き残っているはずです」

『本当かい!?』


 おばちゃんと料理長の表情が輝いた。


「確証はありません。けど、その可能性は高いはずです」


 テンツカの話を信じるなら、火の手が上がる前に、ビシは元いた場所に戻っているはずだ。


「そうかい。ビシ様が生きてらっしゃるなら、村の復興も夢じゃないね」

「ああ。けど……」


 手を取り合っておばちゃんと料理長は喜ぶが、おれを複雑な目で見ている。


「安心してください。おれたちはすぐに旅立ちますんで」


 二人からすれば、おれたちは厄介者だ。

 事実関係ははっきりしないが、平和な村が脅かされたのも事実であり、否定する気もない。

 むしろ、おれたちがいなくなることで二人が安心できるなら、そのほうがよっぽどいい。


「ごめんよ。あんたたちが悪いんじゃない、とは理解してるけど、駄目なんだ」

「ビシを含めた村の人たちには感謝してます。ありがとうございました」


 それだけ言い残し、おれたちはラーシル村を後にした。


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