303話 勇者は宿の無事に安堵した
竜巻のように燃え盛る炎。
周囲の空気を吸収し、その勢いは増すばかりだ。
特別な備えがないかぎり、生き残るのは不可能だろう。
フォールシールドがそれに相当することを願うが、厳しいかもしれない。
逆巻く炎が、希望まで焼き払う。
「アマメ」
呼びかけは届かない。
「アマメ!」
けど、やめることはできなかった。
「……いくか」
火中に飛び込んだとしても、助けられるとはかぎらない。
というか、冷静に判断するなら、それは無駄な行為だ。
(生存者は……いないよな)
あきらめているわけではないが、そんな考えが脳裏をよぎる。
(ダメだ。ダメだ)
弱気な考えを追い出すように、かぶりを振った。
(動け!)
このままなにもしないで呆けていても、事態は改善しない。
仮に一パーセントでも可能性があるなら、後悔しないためにも手は尽くすべきだ。
「よし。いくぞ」
「駄目よ」
覚悟を決めたおれを遮るように、足元に魔力球が撃ち込まれた。
「邪魔すんな!」
「それはこっちのセリフ。もう少しで終わるんだから、黙って観てなさい」
口調こそ穏やかだが、二号からは有無も言わせぬ迫力がある。
イライラした。
いままではまだ許容してやることはできたが、今回ばかりは堪忍袋の緒が切れそうだ。
「怖い顔ね。そんな顔で睨まれたら、気の弱い子は逃げちゃうわよ」
言われて気づいた。
いつの間にか、一号の姿が消えている。
「じゃあね」
視線をそらせたその隙に、二号までいなくなった。
「あっ! マジでふざけんなよ」
地団太を踏むが、いなくなったヤツらをどうこうすることはできない。
ただ、モノは考えようだ。
邪魔者がいなくなったと好意的にとらえよう。
「んじゃ、あらためていくか」
覚悟を決め直したが、その必要はなさそうだ。
上昇気流に乗るように、火柱が下のほうから消えている。
「おおっ!? マジか!」
宿屋は無事だ。
焦げてすらいない。
フォールシールドで守ることができたようだ。
「アマメ!」
喜び勇んで中に入ると、受付のおばさんがロビーで腰を抜かしていた。
さすがに、スルーするわけにもいかない。
「大丈夫ですか?」
声をかけたが、返事がない。
呆けた表情で、まばたきを繰り返している。
「大丈夫ですか!?」
「あっ……ああ。大……丈夫」
肩を揺すると、反応があった。
「ありゃ、なんだったんだい?」
「養豚場を襲った女が戻ってきました」
「ひっ」
ガタガタ震えだした。
自分を抱きしめて落ち着こうとしているが、震えは増すばかりである。
一人にしておくのはよくなさそうだ。
「ほかの人たちは?」
「厨房に料理長が」
安否まではわからないようだ。
「ちょっと待っててください」
食堂に入ると、受付のおばさんと同じように料理長が床にへたり込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「ああ。腰が抜けて動けないけど、問題ない」
こちらは意外と落ち着いているようだ。
「よかった。んじゃ、仲間のところに運びますね」
料理長を抱え、おれは受付のおばちゃんのところに戻った。
「なあ? アレはなんだったんだい?」
「すみません。説明は少し待ってください。連れの子の安否を確認したいので」
二人を残し、おれは部屋に戻った。
ZZZZZ
アマメは安らかな顔で寝ていた。
その幸せそうな表情は、さっきまでのことが夢だったのではないかと思わせる。
「おっと」
安心すると同時に気が抜けたのか、たたらを踏んだ。
ガタン
椅子に足を引っかけ、倒してしまった。
「ふぇ!?」
アマメが起きてしまった。
「あっ!? 成生さん」
眠い目をこすり、おれに手を伸ばす。
「悪い悪い。起こしちまったな」
「だいじょぶです」
「ケガはないか?」
「はい。だいじょぶです」
「そっか。んじゃ、寝てていいぞ」
「はい。おやすみなさい」
頭を撫でてやると、アマメはすぐに両眼を閉じ、眠りに落ちた。
「ふぅぅぅぅ」
一息吐いたら、おれも急に眠くなった。
このまま横になりたいところだが、そうもできない。
おばちゃんたちに事情を説明しなければならない。
「もうひと頑張りするか……んん!?」
立ち上がった際、アマメがおれの服を掴んでいることに気づいた。
解くことは可能だが、思いのほか強く握っている。
(どうすっかな)
逡巡するおれを助けるように、おばちゃんが部屋に入ってきた。
すぐに事情を察したのだろう。
「今日はもういいから、あんたも休みなさい。私たちもそうさせてもらうから」
つぶやくようにそう言い残し、部屋を後にした。
足取りはまだおぼつかないが、少しは持ち直したのだろう。
「ありがとうございます」
おれはベッドに横になった。
アマメを胸に抱くような格好だが、この際どうでもいい。
重いまぶたを閉じると、すぐに意識を失った。