302話 勇者と黒髪の女~焼失
黒髪の女が地上に降り立った。
お互いの距離は約三十メートル。
遠くはないが、近くもない。
ただ、肌がヒリつくような緊張感がある。
さっきまでの黒髪の女は遊び半分だったが、こっちは本気でおれを殺す気でいるからだろう。
「おれを狙う理由はなんなんだよ?」
答えの代わりに、黒髪の女は黒い槍を放ってきた。
ステップも踏まず、ただ右腕を上から下に振っただけの女の子投げだ。
しかし、飛来する槍のスピードはケタ違いである。
二〇〇キロを超える針に対処した経験がなかったら、反応できなかったかもしれない。
「うりゃっ!」
竜滅刀で叩き落としたが、信じられないぐらい重い。
とてもじゃないが、連続でどうこうするのは無理だ。
(インターバル……なんてねえよな)
肯定するように、第二の槍が放たれた。
「勘弁してくれよ」
気合いで弾いたが、次は無理かもしれない。
けど、きっとくる。
…………
「えっ!? こないの?」
三本目の槍が放たれることはないようだ。
なら、この機を逃す手はない。
「閃魔斬!」
一気に間合いを詰め、竜滅刀を振り下ろした。
メティスを含む強敵を屠ってきた必殺技だ。
これが効かないとなると、いよいよ手詰まり感が強い。
「アアアアッ」
うめくような悲鳴をあげた。
「よし! 直接攻撃ならイケる!」
手応えがあったのも嬉しいが、八方塞がりでないことが大きい。
後はひたすら叩き込むだけだ。
「うりゃ……って、そりゃそうだよな」
追撃は空振りに終わった。
いままでいた場所から消えた黒髪の女は、三〇メートルぐらい離れた場所に瞬間移動した。
「んん!?」
全体のフォルムが、少しだけ小さくなったような気がする。
血色の良かった肌も、病的な白さに戻ってしまった。
「もしかして、ダメージを受けると退化するのか?」
可能性としてはあると思う。
けど、これが退化なのか進化なのかは検証が必要だろう。
「んじゃ、いっちょ試してみるか」
斬りかかるおれに、黒髪の女が槍を放つ。
「でりゃ!」
簡単に切り落とすことができた。
手の痺れも一切ない。
「こりゃ、退化だな」
確実にスケールダウンしている。
「閃魔斬」
竜滅刀が黒髪の女の右腕を切り落とした。
本来なら唐竹割りにするつもりだったが、身をひねって躱されてしまった。
初めての回避動作だ。
こうなれば、もう疑う余地はない。
(物理攻撃なら、黒髪の女を倒せるな)
確信とともに竜滅刀を振ろうとしたが……できなかった。
「ぐあっ」
わき腹に直撃した魔力球によって、おれの体は吹き飛ばされた。
罠や危機回避のとっておきではない。
魔力球は、第三者が撃ったモノだ。
立ち上がりながら周囲を確認すると、消えたはずの黒髪の女が立っていた。
「選手交代したんじゃねえのかよ?」
「恋と一緒」
「突然現れる、ってか」
黒髪の女が親指と人差し指を合わせて小さな丸を作った。
正解らしいが、ちっとも嬉しくない。
むしろ、ムカつく仕草だ。
ドンッ!
一件の民家から火柱があがった。
これには見覚えがある。
ラシール村を壊滅させたモノとそっくりだ。
(ってことは……)
やったのはしゃべらないほうの黒髪の女だ。
「ったく、マジでお前ら、なにがしたいんだよ」
…………
肝心な質問にはダンマリである。
それがまたイラつく。
「はああぁぁぁ」
あえて大きく、息を吐いた。
人間は吐いた分だけ息を吸う生き物であり、おれも例外じゃない。
先に目一杯息を吐けば、吸う量も大くなる。
こうすることで過呼吸にもなりにくいし、深呼吸するにはおすすめな方法だ。
「はああぁぁぁ」
何度か深呼吸を繰り返したことで、少し冷静になれた。
(状況は、よろしくないな)
一人でも大変な敵が、二人になったのだから。
けど、絶望するほどではない。
「風波斬」
二人それぞれに斬撃を放った。
最初に現れた黒髪の女……はわかりにくいので、無口なほうを一号とし、しゃべるほうを二号と呼ぼう。
外見は似ているが、反応は違った。
一号は当たるのもお構いないに無視し、二号は場所を移動して避けた。
「そりゃ……っとと」
次いで一号に斬りかかろうとしたが、二号の魔力弾によって阻止された。
「んじゃ、こっちはどうだ?」
二号に斬りかかるが、一号は無反応。
リアクションを観察していることも影響し、太刀筋はそれほど鋭くない。
が、二号は大げさに距離を取って逃げていた。
「なるほど」
これだけでもわかったことがある。
(こいつらはたぶん、仲間ではないんだな)
連携しているようでしていないし、お互いを助ける関係でもない。
もっというなら、一号は二号に興味がない。
二号は一号に思うところがありそうだが、それも自分の目的に必要だから、だろう。
「んじゃ、まずは二号からだな」
二人を相手にするより、一人ずつ片付けたほうが簡単だ。
「それでいいのかしら? アレを見なさいよ」
思わせぶりな言葉に止まる気はないが、横目で確認した。
ドンッ!
さっきの隣りの家屋が燃えた。
「ちっ」
舌打ちとともに一号に向かう。
このまま放っておけば、やがてアマメがいる宿が焼失する。
労力は倍になるかもしれないが、その選択以外選べない。
「閃魔斬」
切っ先は一号に届くことなく、二号が張った防御壁に阻止された。
ドンッ!
また一つ家屋が焼失した。
「くそっ」
焦るのはよくないが、どうしてもそうなってしまう。
「閃魔斬」
「無駄よ」
何度やってもダメだ。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
力が回復しているのか、あがる火柱の数が増えている。
「フォールシールド!」
防げるかどうかは賭けだが、宿屋に防御魔法をかけた。
ドドンッ!!
一際大きな爆炎があがり、村のすべての家屋が火に包まれた。