301話 勇者と黒髪の女~偽者
「殺してあげる」
頼んだ覚えはないが、黒髪の女は殺る気だ。
ゆっくりと持ち上げた左腕を振り下ろし、炎の雨を降り注がせた。
ただ、一メートル四方の小範囲であり、避けるのは苦ではない。
「ちょ!? お前、ふざけんなよ」
飛び退いた場所に、落雷の追撃がきた。
間一髪これも回避したが、正直危なかった。
「ふふふ」
笑い声が聞こえた。
髪で隠れた顔は見えないが、肩が揺れているから、黒髪の女が笑っているのだろう。
(んん!?)
それに違和感を覚えた。
黒髪の女はこれまで、大きなリアクションを示してはいない。
したとしても、薄い反応だけだ。
それが、今回は笑った。
(これはどういうことなんだ?)
マジマジと見つめるおれに、黒髪の女が左手人差し指を向けた。
ビュ!
空気を割く音がした。
指先から撃ち出された、黒い針が迫る。
「っざけんなよ!」
反射的に体が動き、上半身を捻った。
動作速度はこれ以上望めないが、体感速度二〇〇キロ近いそれを避けられる保証はどこにもない。
(あぶねえぇ)
間一髪で黒い針が横を通過した。
その際の風がすごい。
まるで新幹線とすれ違ったかのようだ。
避けられたのは奇跡であり、反応がもう一秒遅れただけで、眉間に突き刺さって死んでいたと思う。
それぐらい紙一重だった。
ピュン! ピュン! ピュン!
安心したのも束の間、次々に針が撃ち出される。
「お前、本当にふざけんなよ」
竜滅刀で斬り落とすが、このままではいずれ当たってしまう。
なら、まとめて吹き飛ばす。
「風波斬!」
放った斬撃が黒い針を粉砕しながら、黒髪の女に迫る。
毎度のごとくすり抜けるのだろうが、針の対処ができているので問題ない。
「んん!?」
一瞬だが、黒髪の女が動いた気がする。
元居た場所からは一歩も動いていないが、蜃気楼のように揺れて見えた。
「お前……いま避けたよな?」
答えの代わりに、炎、氷、雷などの魔法の雨が降り注ぐ。
過剰反応を示すということは、図星なのだろう。
「もしかしなくても、別人なんだよな?」
長い黒髪と丈の長い白のワンピース。
そこから伸びる血色の良くなった肌は見覚えがある。
けど、目の前にいる黒髪の女は、似て非なる人物なのだ。
よく観察すれば、サイズ感も違う気がする。
「あっ!?」
気づいてしまった。
背丈はほぼ変わらないが、胸のサイズがあきらかに違う。
これまでの黒髪の女にはなかった、大きなふくらみがある。
「お前だれだ!? 黒髪の女を装って、おれの前に来た目的を教えろ!」
「殺すためよ」
「頼んだ覚えはねえよ」
「あなたのためじゃないわ。世界のためよ」
いきなり饒舌になったのはありがたいが、言葉と同時に魔法を撃つのはやめてもらいたい。
いちいち対処しなければならず、集中できない。
「ああ、面倒くせぇ! 世界のために死んでやれるほど、聖人君子じゃねえんだよ!」
すべてを薙ぎ払うように、風波斬を放った。
「残念。それは効かないわ」
その通りかもしれないが、意味はある。
風波斬を隠れ蓑にして、間合いを詰めることに成功した。
「もう逃がさねえぞ」
右腕を掴んだが、すぐに離した。
「ちっ」
間髪入れず、バックステップで距離を取る。
ズザザザザザ
数秒前までおれがいた場所に、黒く長い針が降り注いだ。
「いい反射神経ね」
「褒めてくれるのはありがたいけど、自分の心配をしたほうがいいんじゃねえか?」
右手首から手のひらにかけて、大量の針が突き刺さっている。
それだけでも痛々しいが、刺さった針が貫通し、手首がもげそうだ。
「問題ないわ」
手刀で右手首を寸断した。
「おおっ!?」
おれが驚くのと同時に、新しい手が再生した。
まるで手品のようだ。
「問題ないわね」
握ったり開いたりしているから、その通りなのだろう。
「もう少し遊びたかったけど、選手交代みたい。じゃあね」
黒髪の女が消えた。
けど、安心はできない。
空にもう一人の黒髪の女が浮いている。
胸のサイズを比べるまでもない。
こっちが正真正銘の黒髪の女だ。
対峙すれば、その圧力の違いは歴然だった。
「マジでおれ、なんか悪いことしたか?」
思い当たる節は皆無だが、なにかあるのだろう。
そうでなければ、黒髪の女に襲われる理由がない。
前回書き忘れてしまいましたので、今回書かせてもらいます。
閑話を除き、三〇〇話に到達しました。
ブクマ、ポイント評価、よろしくね。