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300話 勇者は食いすぎた

「交渉成立だね。では、君にこれを渡しておこう」


 テンツカが、ピンポン玉くらいの光の玉を机に置いた。


「これは?」

「神界山に入山する際の通行所のようなモノだね」

「持って大丈夫なのか?」

「問題ないけど、手で触れたら体内に吸収されるよ」

「んじゃ、ダメだろ」


 よくわからないモノを摂取するのは、よろしくない。


「害はないさ。けど、気にする気持ちも理解できるね。だから、妖精の里に行くために受け取った許可証で触れればいい」


 木札を重ねると、光の玉はスッと吸収された。

 なんの変化もないが、これでいいのだろうか。


「もし妖精に入山を拒否されたら、これを渡すといい。君たちが持っても反応しないが、私たち妖精が握れば、こんな風に光るからね」


 テンツカが手にした瞬間、木札の下半分に明かりが灯った。

 まるで蛍のようだ。


「では、私もお暇しようかな」


 木札を机に置き、テンツカが立ち上がった。


「観察するんじゃないのか?」

「するよ。けど、四六時中近くにいる必要はないさ。それともなにかい? 閨をともにするかい?」


 おれはかぶりを振った。


「残念。フラれてしまったね。では、またね」


 言葉とは裏腹に、残念さも無念さも感じさせず、テンツカが消えた。


「んじゃ、おれも帰るかな」


 木札を手にし、おれは宿に戻った。



「おかえりなさい。成生さん」


 気持ちの整理がついたのか、椅子に座るアマメの表情は晴れやかだ。

 正直、安心した。


「ただいま」

「お一人なんですか?」


 一瞬首をひねったが、すぐに理解した。


「ニアマとテンツカは用事があるから帰るってよ」

「そうですか。それは残念ですね」

妖精(エルフ)と話がしたかったのか?」

「大人数での食事は美味しい、っていうじゃないですか」


 小さくかぶりを振りながら、アマメが小声でそう漏らした。


(そういえば、いつぞやも人であふれる食堂で食べたがっていたよな)


 いままで多くの時間を一人で過ごしてきたから、家族や友人に囲まれた食卓に憧れがあるのかもしれない。


「よし。ちょっと早いけど、飯にするか」

「はい」



「う~ん」


 食堂は閑散としていた。

 夕飯には少し早いがということもあるが、それを差し引いても人がいない。

 というより、皆無だ。

 給仕の人間すらいないのは、どういうことだろうか。


「すみません。食堂ってやってないんですか?」


 受付のおばちゃんに声を掛けたら、目を見開かれた。

 そんな驚くようなことを聞いたつもりはないが、常識外れだったのだろうか。


「あっ、もしかして定休日ですか?」


 それらしい看板はなかったが、おれとアマメが見逃した可能性もある。


「いや、やってるよ」

「そうですか。それはよかった」

「あんたは、相当肝が据わってるようだね」


 ホッと胸を撫でおろすおれを、おばちゃんがそう評価した。

 否定はしないが、食堂を使うぐらいで大げさだ。


「いつもなら早出を終えた職人や冒険者たちが、騒がしく酒を酌み交わしてる時間なんだけどね。昼間の事件でみんなビビッちまって、家から出て来やしないし、冒険者は逃げるようによその村へ行っちまったよ」


 情けないと批難する感情と、致しかたないとあきらめる感情がせめぎ合う複雑な表情を浮かべている。

 わからないでもない。

 村に長いこと居住していた養豚場のオーナーの凶行は、同じ村人にとって、相当ショックな出来事だったはずだ。

 しかもそれだけでなく、わけのわからない黒髪の女のこともある。


(平常心を保て、っていうほうが酷だよな)


 またいつやってくるかわからない恐怖も考えれば、今後心的外傷ストレス障害(PTSD)を発症する者だっているだろう。


「まあ、家としてはありがたいかぎりだけどね」


 おばさんは笑っているが、あきらかに作り笑いだ。

 覇気も少ないように感じる。


「どこでも好きなところに座って、注文しておくれ」


 おれたちは、なんとなく隅の席に腰かけた。


「アマメ、なに食べる?」

「成生さんと同じのでいいです」


 静かな空気にあてられてか、アマメも少し元気がない。


「よし。こんなときは肉だな。すみません! ステーキセット二人前お願いします!」

「あいよ」


 注文してから数分で、鉄板に乗った肉の塊が提供された。

 たぶん、五〇〇グラムぐらいはある。


「あの、頼んでおいてなんですけど、こんなにデカイんですか?」

「料理長の心意気だよ、って言いたいところだけど、本音はあまらせて腐らせるほうがもったいないだけだね」


 今日の営業を見越して、仕込んでいた食材も多々あるのだろう。

 日持ちするモノもあるだろうが、廃棄されるモノもあるはずだ。


(もったいねえよな)


 唯一協力できることがあるとすれば、それを少しでも減らすことだ。


「いただきます」


 ガツガツ食べ始めたおれに少し遅れ、


「いただきます」


 アマメも勢いよく食べ始めた。



「うぷっ、もう食べられない」


 これ以上、口になにかを放り込めば、いままで食べたすべてのモノが吐き出されてしまう。


(やっぱ、ステーキの後に、刺身の盛り合わせと野菜マシマシラーメンは無謀だったな)


 根性で完食したが、腹がはち切れそうだ。

 お産を控えた妊婦ばりにふうふう息をしているおれを、アマメがなんとも評しがたい目で見ている。


 バカだなぁ。

 すごい! あの量を完食するなんて。

 食後のおやつは無理だろうな。


 そんな思いが伝わってくる。

 被害妄想だが、一番最初の感情が強い気がしてならない。


「この後どうしますか?」

「いますぐ部屋に戻って寝たい。けど、汗を流さないとな」


 おれはともかく、アマメは豚の世話で汚れている。


(まあ、そのまま昼寝してるから、べつに問題はないけどな)


 気持ちの問題に過ぎないが、汚いよりはキレイなほうが気持ちいいのもたしかである。


「じゃあ、いきましょうか」

「おう」


 重たい腹を抱え、おれたちは浴場に向かった。



「ふう」


 風呂に入ってエネルギーを使ったせいか、少し楽になった。


「ちょっと夜風にあたるか」


 すぐに宿に戻らず、その辺をてれんこてれんこ散歩しよう。

 これが間違いだった。


「殺してあげる」


 物騒な宣言とともに、黒髪の女が現れた。


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