297話 勇者は話の途中で悲鳴を聞いた
連れてこられたのは村長の家ではなく、ビシの家だった。
「向こうじゃないの?」
「こっちです」
白髪の執事に手を引かれ、ビシの執務室に押し込まれた。
主は出かけていないはずだが……
「き、清宮様!」
帰ってきているようだ。
「よくお越しくださいました」
部屋の隅で縮こまっていた半泣きのビシが、恐ろしい勢いで縋り付いてきた。
「おや? 違うと思っていたけど、君は男色家だったのか」
「それならあの子たちに見向きもしないのも当然ですね」
テンツカとニアマが勝手なことをほざいているが、とりあえず無視しよう。
まず対処すべきは、ズボンから手を放さないビシだ。
「大丈夫だから、まずはなにがあったか話してくれよ」
「それが僕にもよくわからないのです。重要な会談の席にあの方々が現れ、気づいたらここに」
震えるビシは、よほど怖い思いをしたのだろう。
「誤解を生みたくないから言わせてもらうが、私たちは手荒なことは一切していないし、会談の席には村長を置いてきたから、安心してくれたまえ」
「なら問題ない、って言いたいところだけど、村長で大丈夫なのか?」
首長だからなんでも知っているわけではないし、相手にだって都合はある。
「大丈夫です……けど、あんな経験は二度としたくありません」
「あんな経験!?」
「おそらく、空間移動のことだろうね」
ビシがぶんぶん首を縦に振っている。
有名ロックバンドのヘッドバンキングを思わせる激しさだ。
「首痛めるぞ」
忠告したが、やめる気配は微塵もない。
終いには、おれの太ももに頭突きする始末だ。
「わかった。わかったからよ」
おでこに手をやり、強制的に停めた。
「ったく、なにがそんなに嫌なんだよ」
同じ体験をした者として、ビシの反応は過剰だと思う。
多少驚きはしても、二度と経験したくないとは思わない。
むしろ、どこへなりとも瞬時に移動できる力は、魅力的だ。
「その反応もしかたないさ。普通の人間からすると、私たち妖精の力は、畏怖そのものだからね」
理解できなくはないが、腑に落ちないのも事実だ。
「まるで未知のモノみたいだな」
「その認識で正解よ。彼らからしたら、わたしたちと顔を合わせることすら、稀有なんだから」
またビシがヘッドバンキングを開始した。
「こんな近くに住んでるのに? それと、里に行く許可証を発行する許可を与えてるはずだろ?」
「ふふふ」
ニアマが薄く笑った。
「まさかそれ、本気で言ってないわよね?」
おかしなことは言ってない。
けど、おかしいのだ。
(まあ、なんとなく理解してるけどな)
もし仮に許可証が絶対であるなら、昨日のうちにおれとアマメは、妖精の里に赴いている。
それができない時点で、両者の関係は対等ではない。
(っていうか、ビシの恐怖に震える姿からして、妖精が上なのは疑いようがないんだよな)
ただ、だからといって、敵対しているわけでもないはずだ。
もしそうなら、形だけとはいえ、許可証の発行許可など認めない。
そこには両者にとってメリットがあるのだ。
(まあ、どうでもいいけどな)
考えてもわからないことを考える続けるのは無駄だ。
それよりも、話を先に進めよう。
「でぇ!? なんでおれが呼ばれたんだよ」
「ラシール村が壊滅したときに、ラーシル村の人間も巻き添えをくったでしょ? それを村長に教えてあげたら、それはビシ君の部下だから、彼に教えてやってくれ、って言われたのよ」
たぶんだが、村長は逃げたのだろう。
恐ろしい妖精の相手をするぐらいなら、べつの要人と話すほうがよっぽど気が楽なのだ。
「エ、エドが死んだなどと、信じられなくて」
ビシの震えは、悲しみでもあるようだ。
「あの場にいたあなたの言葉が聞きたいんですって」
ビシも妖精が間違っているとは思っていない。
ただ、エドと面識がない妖精が、だれかと勘違いしている可能性にかけているのだと思う。
わらにもすがる気持ちで。
「真実だよ」
申し訳ないが、はっきりと肯定した。
エドは間違いなく死んだ。
だれかと勘違いすることなどありえない。
生き残ったのは、おれだけなのだから。
「そんな……まだ、やり残したことがあるのに……」
ビシは唇を噛み、床をドンと叩いた。
「まあ、あきらめるしかないわね。アレに狙われた時点で、あなたたち人間じゃぁ、どうすることもできないでしょうからね」
ニアマが言うアレとは、ラシール村を襲った女のことだ。
口ぶりからして、なにか知っているのは間違いない。
「アレが何者なのか知ってるなら、教えてくれよ」
ニアマがかぶりを振った。
「教えられない理由があるのか?」
「そうじゃないわ。アレを説明できる者なんてこの世に存在しないだけ」
「どういうことだよ?」
「言葉通りよ。アレは人でもなければ妖精でもない。もちろん、魔族でもないわ。唯一当てはめる定義があるとしたら、この世界の理を外れたモノ、それだけよ」
ウソか誠かは知らないが、とんでもない存在である、ということだけは理解できた。
「付け加えると、アレは人類を滅ぼす気でいるわよ」
「マジかよ!?」
「ええ」
真剣な面持ちでうなずくニアマを肯定するように、
「きゃああああああ」
悲鳴がとどろいた。