296話 勇者は昼寝を邪魔された
「成生さん!」
ここがラーシル村だと理解できたのは、おれの名を呼びながら駆け寄ってくるアマメがいたからである。
いつぞやと同じく、心配で待っていたのだろう。
「元気そうだな。ちゃんと朝飯食ったか?」
「はい。お腹いっぱい食べました!」
「書き置きにも気づけたか?」
「はい。ですから、こうして待ってました」
褒めてほしそうなので、頭を撫でてやった。
「えへへ」
破顔しているので、正解だったのだろう。
「ずいぶん仲がよさそうだね」
「ええ。とってもうらやましいわ」
テンツカとニアマの声は穏やかで、からかうような感じはない。
が、額面通りに聞こえもしなかった。
(う~ん)
言葉では表現しづらいのだが、言葉の奥底に負のなにかを感じる。
「あの……この方々は、成生さんのお知合いですか?」
アマメも感じるモノがあるのか、隠れるようにおれの体に引っ付いた。
「急に現れたから驚かせてしまったようだね。ごめんごめん」
テンツカはすぐに謝ったが、気持ちは感じない。
見下ろされているからだろうか?
(いや、そうじゃねえよな)
壁……だと思う。
ラーシル村に着た瞬間から、テンツカとニアマは一線を引いているのだ。
アマメに対してだけでなく、すべてに対して。
なんとなくだが、そんな風に感じる。
「それとさっきの質問の答えだけど、私たちと彼は知り合いというより、恩人と表現したほうが適当かな。ついさっき街道で迷っている彼を見つけて、ここまで連れてきたんだからね」
いろいろ端折られてはいるが、合ってないこともない。
「ありがとうございます」
しかし、アマメのように素直に頭を下げることはできそうになかった。
(だって……ほぼほぼウソだもんな)
そう思ってしまったから。
ただ、それを口に出す気はない。
(理由はわかんねえけど、それが必要だからしたんだろうしな)
妖精には妖精の事情があり、それを大っぴらにできない事情があるのも理解している。
アマメとの関係も不明だが、なにかしらのモノがあるのは間違いない。
でなければ、アマメが妖精の里に赴いても問題はないはずだ。
「じゃあ、わたしたちは村長に話があるからここで失礼するよ」
…………
失礼すると言ったのに、テンツカたちは一歩も動かない。
なぜか、おれをジッと見ている。
察しろ、ということだ。
「…………助けてもらったお礼もかねて、後で食事をごちそうさせていただけませんか?」
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」
提案は正解だったようだ。
「じゃあ、おれたちはあの宿にいるから、村長との面会が終わったら訪ねてくださいよ」
「了解した」
「では行きましょう。先生」
「私も行かなきゃ駄目かい? 面倒事は君だけで充分だろ」
本音がダダ漏れしている。
「先生がいなければ話になりませんよ」
「そうは思えないんだけどなぁ~」
「いいから行きますよ」
ニアマがテンツカを引きづるように歩いていく。
進んでいるのも、村長宅がある方角だ。
方便であって、実際に会うことはないと思っていたが、もしかしたら本当に面会するのかもしれない。
テンツカの異様に重い足取りが、おれにそう思わせた。
(まあ、どっちでもいいか)
どちらにせよ後で会うのだから、そのときに確認すればいい。
「ふああああ」
あくびが洩れた。
夜明け前から動いていたのもあるだろうが、戻ってきたことで気が緩んだのかもしれない。
「昼寝でもするかな。アマメはどうする?」
「ボクはブタさんのお世話をしてこようと思っています」
「そうか。んじゃ、気の済むまで撫でまわせばいい。おれも気の済むまで寝るからよ」
「おやすみなさい」
「おう」
おれは宿へ戻り、アマメは豚のもとに向かった。
ドンドンドン ドンドンドン
荒っぽいノックに、おれは目を覚ました。
ドンドンドン ドンドンドン
(扉が壊れるのは、時間の問題かもしれないな)
寝ぼけ眼でそんなことを思う。
ドンドンドン ドンドンドン
「うるせえな。だれだよ」
ベッドから起き上がり、ドアを開けた。
「はあはあはあ。い、急いで来てください! だ、旦那様がお呼びです!」
白髪オールバックの執事がまくしたてる。
真っ赤な顔中に汗をかき、肩で息をする様子からして、よほど慌ててきたのだろう。
「なにかあったんですか?」
この執事には見覚えがある。
今朝、馬車を差配していた人物の一人だ。
「ここではなにも言えませんが、どうかご同行願います!」
よほど切羽詰まっているのか、土下座でもしそうな勢いである。
「ふああああ」
正直まだ眠いが、そんなことは言ってられない。
執事からは、命に代えても、ぐらいの気迫を感じる。
もう一度寝ます、は絶対に許さないだろう。
(面倒くせぇなぁ)
トラブルの予感しかしない。
けど、ここで惰眠を貪れるのも、ビシの世話になっているからだ。
無下にはできないだろう。
「わかったよ。んじゃ、いこうか」
竜滅刀を腰に下げ、おれたちは宿を後にした。