294話 勇者は先生と呼ばれる長身女性と出会った
城の内装は立派だ。
装飾も凝っていて、床の中央には赤絨毯が敷かれている。
「ここが玉座の間よ」
ニアマが二メートル以上ある立派な扉の前で足を止めた。
「えっ!? おれ、王様と会うの?」
「違うわ。通り道だったから、教えてあげたのよ。きみを待ってる人がいるのは、もう少し奥の部屋ね」
見るかぎり、奥に行くにつれ扉が小さくなっている。
(いや、この扉がやけに立派なだけか)
注意深く観察すれば、玉座の間への入り口だけが異様に凝っている。
まるで、ここに大事なモノがありますよ、と告げているようだ。
(んん!?)
おれは眉を寄せた。
思い起こせば、ここに来るまでに警備兵を見た記憶がない。
治安がいいから必要ない、という話ではない。
その証拠に、貴婦人を守る騎士がいたのだから。
「なあ」
「こっちよ」
人がいない理由を訊こうとしたが、ニアマは取り合うことなく奥に進んでいく。
「お~い」
呼びかけてもその足が止まることはない。
「ここよ」
ようやく止まったのは、奥から二番目の扉の前だった。
説明する気はないようだ。
「はあぁ~」
これ見よがしにため息を吐き、おれはその隣りに移動した。
ニアマがコンコンとノックする。
…………
中からの反応がない。
が、だれもいないわけではない。
扉ごしでもドタバタしている生活音が聞こえるのだから、だれかしらいるはずだ。
ニアマがもう一度ノックした。
…………
やはり、リアクションがない。
「先生がお探しの男性と一緒ですよ」
ため息交じりにそう告げると、すぐに扉が開いた。
「お待たせしたね。申し訳ない」
出てきたのは、二メートルを超す長身の女性。
おれの目線の高さにある胸が膨らんでいるから、間違いない。
ただ、主張は控えめだ。
「ゴホン。見過ぎですよ」
「ああ、悪い」
ニアマの指摘に目を反らした。
「ははは。こんな貧相なモノでよければ、いくらでもどうぞ」
自虐のつもりかもしれないが、そんな必要はない。
腰の位置も高く、手足も長い。
パリコレモデルのような、カッコイイ女性像を見事に体現しているのだから。
うらやましいかぎりだ。
(おれももう少し高ければなぁ)
日本人男性の平均はあるが、もう五センチぐらい伸びたかった。
(まあ、ないものねだりをしてもしょうがねえよな)
それよりも、目の前の女性だ。
黒髪のショートカットから長く尖った耳が出ているから、妖精だろう。
顔立ちは端正だが、丸く大きな黒縁眼鏡は野暮ったい。
(いや、もしかしたら、おしゃれメガネの可能性もあるな)
ファッションに疎いおれにはわからないが、そんな感じがしなくもない。
「見終わったかい?」
「こりゃ失礼」
見てもいいとは言われたが、マジマジと観察してもいいとは言われていない。
「気にすることはないさ。今度はこちらが見させてもらう番だからね」
そんなことを認めた覚えはないが、見られるぐらいなら我慢しよう。
自分がされて嫌なら、相手にもしてはいけない。
「とはいえ、立ち話もなんだから、中にどうぞ」
ニアマがおれの背中を押す。
どうやら、入らないという選択肢はないらしい。
「今お茶を用意するから、適当に座ってくつろいでいてくれ」
長身美女が奥の部屋に消えた。
くつろいでくれ、と言われたが、とてもそんな気にはなれない。
(雑多だな)
壁一面に据えられた本棚に入りきらない本が、床のそこかしこに置かれている。
まるで地球での自分の部屋を見ているようだ。
ただ、明確な違いもある。
この部屋には、ホコリがない。
積み本、積みゲーを大量に所有した者なら理解できるだろう。
こまめに掃除しても、髪の毛やホコリは嫌でも溜まってしまうのだ。
(アレを掃除するの、大変なんだよな)
数が多くなるほど動かすのも一苦労であり、一定数を超えた瞬間から、それはもう模様替えと言っても過言ではなくなる。
正直、それができる人間なら、これほど本が散乱することはないのだ。
所有していいのは本棚に収まる分だけで、一冊買ったら、一冊処分する。
数多の人物にそう助言されてきたが、それができないから、床に積み上げられていくのだ。
(あぁ~、そういえば、おれの宝物はどうなったんだろう……って、考えるまでもねえよな)
古本屋にタダ同然で引き取られたに違いない。
最悪、資源ごみに出された可能性もある。
(レアな本もあるんだけどな)
神田などの専門店に持っていけば、数万を超える逸品も多々ある。
(頼む。あの辺だけは、価値のわかる者の手に渡ってくれ!)
無駄だとはわかっているが、そう願ってしまう。
「考え事をしているのはわかるけど、奥に進んでくれないかしら」
ニアマがグイグイ押してくる。
よく見れば、執務室の反対に応接用のテーブルとソファーがあった。
そこに続く道もある。
「わかったよ。いく。いくから、押すな」
同じコレクターとして、足を引っかけたりして倒したくない。
積み直すことは可能だが、同じ積み順になる保証はどこにもないのだ。
慎重に進み、おれたちはソファーに腰を下ろした。
「はあ、先生ももう少し片付ければいいのに」
ニアマが本を手に取り、パラパラとめくる。
「さっぱりわかんないわ」
読んでるとは思えないが、それはどうでもいい。
問題なのは、戻した場所だ。
べつの山に置くのではなく、元の山に戻してもらいたい。
「ウソつけ!」
と言われるかもしれないが、積んでる人間からすると、どこになにがあるかはなんとなく把握しているモノなのだ。
「ははは。それは世界に五冊しか現存しない専門書だからね。理解できなくて当然さ」
戻ってきた長身女性が、茶器の乗ったお盆を机に置いた。
「そんなに貴重なモノを……申し訳ございません」
「気にしないでいいよ。五冊のうち、三冊は私が所有してるからね。破れたり汚れたりしても問題ないよ」
寛大なのはすばらしいが、貴重なモノほど大事に扱うべきだ。
いまは個人の財産だが、将来的には文化遺産的な価値を持つのだから。
「おっといけない」
長身女性がお茶を注いでくれているのだが、よそ見したせいでこぼれた。
テーブルの外には跳ねていないが、大事な本が濡れたらどうするのだろうか。
「わたしがやりますよ」
「ありがとう。貴重な人材を前にしているせいか、気もそぞろでね」
ニアマが作業を引き継ぎ、各人に配った。
その間も、長身女性はおれを嘗め回すように観察している。
「不躾で申し訳ないが、私の実験に協力してくれないかな? 報酬は、神界山への登頂許可でどうだい」
それは願ったり叶ったりだが、二つ返事はできなかった。