293話 勇者は騎士にレッグスプレッドを極める
長い金髪をなびかせながら、妖精騎士が迫りくる。
これが最後らしいので、相手をするのもやぶさかではない。
が、それが真実である証拠はどこにもない。
「よっ」
ジャンプ一発。
おれはVIP席の淵に移動した。
「なんのつもりだ?」
二人の騎士が即座に剣を抜き、五人全員がにらんでくる。
「それはこっちのセリフだよ。理由もなく殺し合いをするほど、酔狂じゃないんでな」
「いまさらではないか?」
貴婦人が小馬鹿にした笑みを浮かべるのも、もっともだ。
「だからこそ、ちゃんとさせようと思ってな」
「これは試験だ。貴様が、彼女と面会するに相応しい、のかを問うな」
「彼女ってだれだよ」
「貴様にそれを知る権利はない。どうしても知りたいのなら、さっさと戻って戦え」
「おれがその女性と会う意味は?」
「それも知る必要はない。それと、これ以上ウダウダ言うなら、即刻立ち去れ!」
にべもない。
上から命令だけを下し、こちらの質問は一切受け付けない。
まして異論反論を口にしようものなら、取引をやめるぞ、と脅す。
おれはこれを知っている。
大企業による下請けイジメにそっくりだ。
直接やられた経験はないが、現場を目撃したことは多々あった。
生活のかかった者たちは奥歯をかみしめて従っていたが、おれにその必要はない。
(っていうか、殿様商売が大っ嫌いなんだよな)
大手だからといって、だれもがしっぽを振ると思ったら大間違いだ。
「暴れるぞ!?」
「それは困るな」
苦笑を浮かべながら、湖の畔で別れた妖精が、VIP席に入ってきた。
「なんの用だ? ニアマ」
「失礼を承知で忠告させていただきます。そろそろ、その態度は改めたほうがよろしいかと存じますよ」
「無礼だぞ!」
「よい」
いきり立つ騎士を、貴婦人が手で制した。
「しかし」
「我がよいと申しておるのが、理解できぬのか?」
「申し訳ございません」
謝りながら、騎士が再度切っ先をおれに向ける。
その姿は牽制というより、おっかないところから目を背けただけだ。
「ニアマ。お主なら計れるか?」
「無理ですね」
割って入ってきた妖精がかぶりを振ったということは、彼女がニアマなのだろう。
「そうか。お主で無理なら、あの者にも無理だな」
「納得してなさそうですね」
「当然だ。我はそう思っておらんのだからな」
「ですよね。では、こうしましょう。清宮成生くんには再度、騎士の彼女と戦ってもらいます」
勝手に話を進めるのはやめてもらいたいが、譲歩してもらえそうなのでこのまま静観しよう。
それと、名乗った覚えはないが、本名も承知のようだ。
「殺す必要はないけど、どちらかが戦闘不能になるまでやり合う、というのはどうです?」
ぜんぜん譲歩でもなければなんでもない。
ただ単に表現の仕方を変えただけだ。
「ふざけんなよ」
「怒らないでちょうだい。わたしが言う戦闘不能は、相手を動けなくすること。そのうえできみの実力を示してほしいから、レッグスプレッドを極めたら勝ちでどうかしら?」
もともといた五人が眉間にシワを寄せ、ニアマだけがニヤニヤしている。
たぶん、レッグスプレッドを理解しているかいないかの違いだろう。
「お前、悪魔だな」
「失礼なことを言わないでもらいたいわ。わたしはだれの血も流したくないだけだよ」
「羞恥の涙を流すかもしんねえぞ」
「死ぬことに比べればマシでしょ。それに、彼女もやる気だしね」
「貴様! 敵前逃亡とは恥を知れ!」
金髪の妖精騎士が乱入してきた。
「はあはあはあ」
息切れしている様子からして、全力で走ってきたのだろう。
「本当にいいのかよ?」
「よろしいですよね?」
「よかろう」
貴婦人がうなずいた。
「あなたもいいわよね?」
「どのような条件であろうとも、敵前逃亡する者に負けることはございません!」
「ですって。後はきみだけよ」
「わかったよ。その代わり、後でちゃんと説明しろよ」
「ふふっ、それは約束できないけど、有益なモノであることは保障してあげる」
ウインクする姿は魅力的かもしれないが、おれには性悪女にしか見えなかった。
ただ、ここでこれ以上ゴネてもしかたがない。
「わかったよ。レッグスプレッドでいいんだな?」
「ええ。きみなら簡単でしょ?」
答えはこの後の結果で示そう。
「きゃあああああああああ」
リング上に妖精騎士の悲鳴がとどろいた。
当然だ。
彼女はおれに、完璧なレッグスプレッドを極められているのだから。
わからない人もいるので説明するが、レッグスプレッドとは、通称恥ずかし固めと呼ばれるプロレス技である。
詳しいやりかたは割愛するが、これが極まると、相手は大股開きのまま身動きが取れなくなってしまう。
「やめてえぇぇぇぇ。お嫁にいけなくなるうぅぅぅぅ」
妖精騎士は泣いて懇願している。
観客がいないから大丈夫だ、言ってやりたいが、それは違う。
クマが妖精騎士の股間を凝視している。
「フンフンフン」
鼻息の荒さからして、縮こまった下半身も元気になっている……はずだ。
「うははははははは」
大笑いしているニアマは、最高に性格が悪い。
「もういいよな?」
「あ、ああ、もう十分よ」
技を解くと同時に、妖精騎士は走り去った。
この場に留まることに耐えられなかったのだろう。
(かわいそうに。恨むなら、けしかけた性悪を恨めよ)
間違っても、逆恨みはやめていただきたい。
「おおっ!?」
周囲の景色が城の前に戻った。
が、貴婦人たちの姿はどこにもない。
「さあ、こっちにどうぞ」
代わりにニアマがおり、目的地まで案内してくれるようだ。
「で? おれはだれと面会するんだよ?」
「それは会ってのお楽しみだね」
なんとなくだが、もう一波乱二波乱あるような気がしてならなかった。