290話 勇者は湖畔に浮かぶ城を目指す
行き先は妖精の里……だと思っていたが、連れてこられたのは、いつぞやの霧がかった湖だった。
「なんでここ? って思ってるでしょ?」
「わかってるなら、ここに来た理由を教えてくれよ」
「つまんない男ね。会話を楽しめないと、男女ともにモテないわよ」
「だれにでもモテたいと思うほど、ガキじゃねえよ」
「あら、ガキじゃなくてもモテたいでしょ? あなたたち人間は」
含みのある言いかただ。
「それじゃあまるで、妖精はそうじゃないみたいだな」
「わたしたちは長命な分だけ、他人の嫌な部分を見がちだからね。付き合う者は選ぶことにしてるの」
「だから、街道に迷うようなモノを仕組んでいるわけか」
妖精が口角を持ち上げた。
受ける印象としては冷笑だが、小さく肩を揺らしているから、楽しんでもいるのだろう。
「正解だけど、不正解よ」
とんちやはぐらかしのようにも聞こえるが、そんなことはない。
妖精は真実を語っている。
正解だと断定しないのは、理由が複数あるから。
目的が多岐に渡っているからこそ、一つの正解では三角しかもらえないのだろう。
「ずいぶん敵が多いみたいだな」
「なんのことかしら?」
「理由は知らねえけど、狙われる存在なんだろ? 妖精は」
本人も以前、自分たちは希少価値が高い、と断言していた。
「ふふっ。いいわね。合格よ」
「試験を受けたつもりはねえけど、お眼鏡に適ったなら幸いだな」
「全然そうは見えないけどね」
仏頂面をしているつもりはないが、喜びがないのも否定はできない。
正直、もう少しサクサクとわかりやすく話してもらいたい。
「まあ、そんなあなたの気持ちも理解できるけど、これは重要なことなのよ。これからあなたが会うのは、とっても偉い方なんだから。ほいほい吹聴されちゃ、困っちゃうのよ」
「交流関係を自慢するほど、ガキじゃねえよ」
「それを聞いて安心したわ。後、これから行く場所も、他の人には内緒にしてね」
「あいよ」
「いい返事ね。それじゃあ、行きましょうか」
妖精が腰にぶら下げたオカリナを手に取り、吹いた。
澄んだキレイな音色だ。
演者のスキルの高さもあるのだろうが、楽器が持つ音色の豊かさがある気がしてならない。
「んん!?」
霧が晴れていく。
ぴちゃん
錦鯉のようなキレイな魚がはねた。
蓋をされていたわけではないだろうが、そこかしこではねている。
(なんか、音色に合わせて踊ってるみたいだな)
空から降り注ぐ日差しも強くなり、湖面が輝いている。
(ステージみたいだな)
妖精の演奏に合わせ、湖に生息する生き物たちが優雅なショーを演じているようだ。
そしてそれは、霧が完全に晴れるまで続いた。
「おお!? スゲェな」
湖の真ん中に、城が浮かんでいる。
(いや、一応、建ってるのか?)
湖面と城の間には、巨大な蓮の葉のようなモノが確認できた。
(まあ、間違いなく補助はあるだろうけどな)
葉に比例して茎と根も立派だが、城を支えるには力不足だ。
サイズは若干小さかろうとも、西洋式で立派な城なのだから。
…………
妖精が動かない。
「あそこに行くんじゃないのか?」
「そこのイカダでどうぞ」
「漕ぐもんがねえんだけど」
無言でオールを渡された。
「移動手段は、すいぶんとみすぼらしいんだな」
「霧がかった湖畔に、立派な船があったら不自然でしょ。他人に知られたくない場所での移動手段なんて、それで十分よ」
その通りだ。
目立つ必要がない場面で目立とうとするのは、愚か者のする行為だ。
「んじゃ、行くか」
「ええ。いってらっしゃい」
見送るように手を振られた。
「一緒に行くんじゃないのか?」
「わたしは居残り組。あなたがあの方のもとに行った後、ここを元の状態に戻さなくちゃならないからね」
なにもせずとも霧が回復するものだと思っていたが、違うらしい。
なら納得だ。
「んじゃ、後よろしく」
おれは一人イカダに乗り、城を目指すことにした。