289話 勇者は妖精と再会した
マズイことになった。
黒髪の女を見誤り逃がしたこともそうだが、それ以上にマズイことがある。
それは……おれ以外の全員が死んだことだ。
ラシール村の人間は言わずもがなだが、エドたちも焼死してしまった。
これは大誤算である。
「マジでどうすんだよ!?」
ラーシル村に帰る道がわからない。
街道を進むことでたどり着くのは間違いないが、運の要素が強すぎる。
看板が読めたところで気休め程度にしかならないが、ないよりはあったほうが断然いい。
「まだ……あきらめるのは早いよな」
そう自分に言い聞かせ、村をくまなく探った。
「ダメだ」
生き残った者は皆無だ。
地図が残っている可能性に期待したりもしたが、家屋同様、チリ一つ残っていなかった。
「しかたねえ。着くまで歩くしかねえな」
ここで起きたことを伝えるためにも、ラーシル村に帰らなければならないし、アマメを残したままにもできない。
(絶対に待ってるもんな)
起きたときにおれがいなければ、寂しがっていることだろう。
「うし。そうとなれば、行くか」
おれは街道に飛び出した。
分かれ道に遭遇したら右に進む。
それを基本線に歩いているのだが、一向にどこにも着かない。
かれこれ十数回は分かれ道に遭遇しているのだが、村はおろか、イアダマク共和国にすら行き着かない。
(このまま迷い続けるのか?)
なんとなくだが、同じところを歩いている気がする。
(もしこれが妖精の仕業なんだとしたら、おれは一生このままなんだろうな)
その可能性は十分にある。
が、延々と付き合い続ける気はない。
「いざとなったら、道を作ることも考えないとな」
竜滅刀に手を添え、あえて、そう口にした。
いま現在実行する気はないが、強硬手段を排除しているわけではない、と意思表示をしたわけだ。
これを妖精が視ているかは謎だが、やっておいて損はない。
「おお!? マジか!?」
さっそく景色が変わった。
一本道に分かれ道があるのは不変だが、二又が三つ又になっている。
微々たる変化ではあるが、ないよりはマシだ。
「さて、どうすっかな」
従来の方針通り、右に進むべきだろう。
しかし、道をまっすぐ進むとも決めていた。
この場合、どちらを優先するのが正解なのか。
「案内してあげようか?」
聞き覚えのある声に振り返ると、見覚えのある美女と目が合った。
コバルトブルーの長い髪と、長く尖った耳が印象的な妖精だ。
よく見れば背も高く、スタイルもいい。
「不躾じゃないかしら」
咎めるような口ぶりだが、表情には笑みを浮かべている。
胸を張るように突き出す仕草からして、自信があるのだろう。
「見られるのはイヤ?」
「相手によるわ」
「じゃあ、おれは見てもいいわけだ」
「ふふっ。自信家なのね」
遊びなれた者たちの軽妙なやりとり……ではなく、腹の探り合いだ。
もう少し続けてもいいが、時間がもったいない。
アマメも俟っていることだし、思い切って踏み込もう。
「案内してもらえるのは嬉しいけど、今度は逃げないよな?」
「失礼ね。わたしは人生で逃げたことなんてないわ」
「そうなんだ。じゃあ、ラシール村でのアレはどう説明するんだよ」
「簡単ね。わたしはあそこに居続けた。それだけよ」
腰に手を当てふんぞり返る仕草は自信満々だ。
ウソをついているようには見えないが、信じることもできない。
あのとき、おれの前から姿を消したのは事実なのだ。
「じゃあ、あの場にいたなら教えてくれよ。あの黒髪の女は何者なんだ?」
「知らないわ。ただ、少なくとも妖精じゃないわね。そして、人間でもないでしょうね」
「残された可能性は?」
「ありすぎて、列挙なんてできないわ」
肩の高さに両手を持ち上げ、あきれるようにかぶりを振る。
優雅に映るが、イラッとする仕草でもあった。
「意外と短気なのね。八つ当たりが嫌だから教えてあげるけど、一口に魔族と言ってもいろいろあるのよ。スライム、ゴースト、ゴーレムみたいな完全なモンスターもいれば、ドラゴン、キメラ、モスマンみたいな動物種に近い個体もいるの。もちろん、ケンタウロスやミノタウロスといった、人種に近い個体も存在するわ」
「つまり、可能性は捨てきれないってわけか」
「その通りね。だけど、妖精と人間じゃない。これだけは確定よ」
「根拠は?」
「妖精じゃないのは一目瞭然。外見が違いすぎるもの」
ぴょんぴょんと長い耳を震わせる。
たしかに、黒髪の女の耳は長くなかった。
けど、それだけで妖精じゃないと断言できるのだろうか。
「他にも外見的特徴はあるけど、教えてあげない。わたしたちは希少価値が高いから、攫われないためにそれを隠しているからね」
こちらの考えは見透かされているようだ。
「じゃあ、人間じゃない証拠を教えてくれよ」
「簡単ね。この世界にあんな芸当ができる人間はいない。もし仮にいたとしたら、『勇者』や『賢者』といった、ユニークスキルを保持した者だけよ」
「黒髪の女がそうじゃない保証はないだろ」
妖精がかぶりを振った。
「ユニークスキルはわたしたち妖精が管理していて、わたしたちが認めた者に授けるモノなのよ」
「なるほど。じゃあ、いま現在それはだれのモノでもないわけだ」
「正解。理解が早くて助かるわ。それじゃ、行きましょうか」
どこへ? とは訊かない。
このシチュエーションで案内される場所など、一つしかないのだから。




