287話 勇者は妖精と出会う
「こりゃひでぇな」
エドを含む四人を伴って訪れたラシール村の入り口で、おれたちは立ち尽くしていた。
村は壊滅しており、見る影もない。
正直、ここまでの被害は予想していなかった。
「どうします?」
隊長のエドに訊いたが、渋い顔で黙ったままだ。
執事である彼には、有事の際の決断ができないのかもしれない。
(こうなると、ビシの不在はキツイな)
本人は来る気マンマンだったが、どうしても今日中に会わねばならぬ貴族がいるらしく、周囲の猛説得で不参加となった。
「清宮様、足を踏み入れても大丈夫でしょうか?」
エドは不安そうだ。
全身から行きたくないオーラが溢れている。
「大丈夫だとは思いますが、おれが様子を見てきましょうか?」
「ありがとうございます。お願いいたします」
「んじゃ、ちょっといってきますね」
表情を輝かせるエドに内心でため息を吐きながら、おれは村に足を踏み入れた。
「容赦ねえな」
いたるところに火災の跡がある。
全焼をまぬがれた建物もあるが、住み続けることは不可能だろう。
アマメが世話になったお婆さん宅もダメだった。
ただ、どこを見ても死体がない。
それは喜ぶべきことなのかもしれないが、この惨状を前にそうは思えなかった。
もし全員が避難できたなら、村長も無傷でなければおかしい。
「んん!? アレって……」
見覚えのある家というか、アマメの家だ。
「違和感ねえな」
延焼はしていないが、もともと半壊していた家は、いまの村に違和感なく溶け込んでいる。
「だれかいるか?」
中をのぞいたが、人の姿はなかった。
「これはもう、神隠しのレベルだよな」
初めからだれもいなかった。
そう考えたほうがしっくりくる。
「ううっ……ううっ」
小さなうめき声が聞こえた。
周囲に人影はないが、たしかに聞こえた。
『ううっ……ううっ……ううっ』
やはり空耳じゃなかった。
しかも、声は一つでもない。
複数人が苦しんでいる。
「どこだ?」
耳をすませて声のするほうに進む。
「ここ……だよな!?」
声は井戸から聞こえてくる。
「おい! だれかいるのか?」
「あ……ううっ」
返事もままならないが、いることだけは間違いない。
「ホーリーライト」
光球を生み出し、井戸の中を確認した。
「うおっ!?」
ビックリした。
おれの想定では二、三人ぐらいだったが、実際は多くの村人が積み重なっていた。
「これ、どうすりゃいいんだよ」
これほどの人数を引き上げるには、人手が足りない。
「しかたねえな。悪いけど、ちょっと待っててくれ」
一声かけ、おれはエドたちのもとに戻った。
「それは本当ですか? 生存者がおられるなら、すぐに救助いたしましょう」
エドが走り出し、おれたちもその後に続く。
「本当ですね。たしかに声が聞こえます」
「問題は、どう引っ張り上げるか、なんだよな」
中に入って作業するには狭いし、折り重なった人で足場もない。
汲み上げ式の桶で引っ張り上げることは可能だが、そこに掴まることはできないだろう。
もしそれが可能なら、会話くらいはできるはずだ。
「困りましたな」
知恵を借りるつもりでエドを連れてきたが、妙案はなさそうだ。
「わたしでよければ、力を貸すわよ」
声に振り返ると、美女と目が合った。
コバルトブルーの長い髪も印象的だが、長く尖った耳は、ファンタジーの妖精そのものだ。
「できるの?」
「井戸に落ちた人間を取り出すだけなら、簡単ね」
「お願いします」
「いいわよ。任せなさい」
首から下を覆ったマントを翻し、右手に握った杖を構える。
「………………」
呪文を唱えたようだが、まったく理解できなかった。
聞き取れた、取れなかった以前の話であり、音として認識できない。
ただ、それが魔法だということは瞬時に理解できた。
妖精の杖から撃ち出された魔力が井戸の中に入り、次々と村人たちを引っ張り上げたからだ。
『おお!』
おれを含めた全員が感嘆している。
(スゲェな)
あっという間に救出され、ケガ人が並べられた。
「治療はあなたがしなさいね」
「手伝ってくれないの?」
「わたし、無駄なことはしない主義なの」
笑みを浮かべてはいるが、冷笑だ。
これ以上の助力が望めないことだけは、理解できた。
(いや、救助がすでに破格なんだろうな)
普通なら手を貸すことはおろか、かかわることすらイヤなのだ。
(なら、なんで手を貸した? その目的はなんだ?)
疑問はあるし、追求する相手もいる。
が、それをしている場合ではない。
「ありがとう」
妖精に一礼し、おれは村人たちの現状を確認していく。
全員に息がある。
けど、大半が虫の息だ。
「ヒール」
あえて、おれは状態がマシな者に回復魔法を施した。
「へえ~。見かけによらず、命に順番をつけるのね」
「全員を救えるならそうするけど、実力不足なんでね」
「卑下する必要なんかないわ。むしろ、その選択ができることを誇りなさい」
妖精の杖が再度輝いた。
次の瞬間、ウソみたいに全員が回復した。
「ありがとう」
「気にしないでいいわよ。わたしは無駄なことはしない主義だけど、無駄じゃないならなんでもやるわ」
「なら、最初から手を貸してくれよ」
「嫌よ。これから死ぬ人間を治療するなんて、意味ないもの」
矛盾する答えに、おれは眉を寄せた。
「くるわよ」
なにが、と訊く前に飛び退いた。
「ぐあっ!」
「ぐはっ!」
治療した面々に、空から落ちてきた黒いツララのようなモノが突き刺さる。
「ふざけんなよ!」
上空を見てもだれもいない。
「ふふっ、そんな顔をするのね。その表情を見れただけで無駄じゃなかったわ」
「お前の仕業なのか!?」
妖精の姿はすでになかった。
「違うわよ」
けど、声だけは聞こえる。
「犯人はわたしじゃないわ。殺すために治すなんて無駄、わたしはしないもの」
それは正論だが、説得力はない。
「怒るのは勝手だけど、それを向けるのは犯人にしてよね」
視線の先にべつの妖精が現れた。
黒く禍々しいオーラを纏った彼女が、ツララを放った人物だ。