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28話 勇者は森の神話を耳にする

 おれたちは五の村を後にし、再度森に入った。

 前を行くワァーンの足取りは、比較的ゆっくりとしている。


(急がなくていいのかな?)


 とも思うが、気持ちを休めることも大切だ。


(村も、ベイルがいれば安心だしな)


 差し込む日差しも気持ちよく、伸びをした。

 この異世界に来て、初めて感じる安らぎだ。


(にしても……)


 あらためて観察すると、この森が肥沃であることがよくわかる。

 果実も多いし、木の実やキノコが群生している樹も多い。

 リスやタヌキのような小動物も散見している。


「勇者様はこの森のことを、どれほどご存じですか?」

「なんにも知らないよ」

「やはりそうですか。では、この地に残る伝承もご存じありませんね」

「もちろん」


 ……

 一瞬の沈黙の後、ワァーンが口を開いた。


「この森は世界一広大な森林面積を有し、外界人からは『森の迷宮(グリーンパレス)』と呼ばれています」


 それはうなずける。

 一番最初に上空から見た森は終わりがなかったし、ベイルに追われて滅茶苦茶走ったときでも、外に出ることはなかった。


「由縁は広大で迷いやすいこともありますが、生息モンスターが強いことも一因だと思います」


 多様なモンスターが生息していることは間違いない。

 村人が一対一で対抗できる個体もいれば、できない個体もいた。

 それに加え、漆黒の三連星のような強敵も存在する。

 やつらは指揮官のような立ち振る舞いをしていたから、組織として成立しているのだろう。

 もし不用意にテリトリーを犯せば、総攻撃を受ける可能性だってある。

 おれがそこにぶつからなかったのは、運がよかっただけだ。


(まあ、遭遇しても問題はねえけどな)


 普通の冒険者なら絶望するレベルかもしれないが、漆黒の三連星レベルならどうとでもなる。

 唯一怖いのは、罠にハメられることぐらいだ。


「ですが、一番の理由は違います」


 あれこれ考えている間も、ワァーンの話は進んでいた。


「ここが『森の迷宮』と呼ばれる一番の理由は、補給がしづらいからです」

「武器や防具は無理かもしれないけど、動植物の豊富なこの森なら、食料には困らないんじゃない?」


 おれのような素人には無理でも、冒険を生業にしている者たちからすれば、毒の有り無しも判断できるはずだ。

 中には、そういったことを判別できるスキル持ちがいるかもしれない。


「言い方に語弊はありますが、この森で口に出来るモノは、極端に少ないのです」

「あれもダメ?」


 頭上にあるリンゴっぽいモノを指さした。


「丸かじりをすれば、死ぬ可能性もあります」

(マジかよ!?)


 下手をすれば、おれも死んでいたわけだ。


「ですが、乾燥させ、火を通せば問題ありません」

「美味しい?」

「とっても甘くて美味です」


 ワァーンがニコニコしている。

 それだけで、味が想像できた。


「他の食材も同様で、基本生食には不向きです」

「なるほど」


 目的をもって森に入った冒険者たちからすれば、食料を乾かしている時間と手間は無駄でしかない。

 だからといって、大量の食糧や水を持参することも、冒険の足を鈍らせる。

 枷が多ければ多いほど、不利な状況に陥る可能性が高いのだ。

 けど、それら無くして生きられないのも、事実である。


(帯に短したすきに長し、だな)


 ただ、解決策がないわけじゃない。


「村で商いはしていないの?」


 ひと手間加えればいいのなら、出来る人にしてもらえばいい。

 森に住む者たちならそれが可能だし、元手なしで外貨が手に出来るのだから、村としてもおいしい話である。


「商いと呼べるほどのことはしていませんが、村にたどり着いた冒険者たちに、備品を売ることはあります」


 それを商いと呼ぶのではなかろうか。


「勇者様が納得できないのは当然です」


 困惑が表情に出ていたのか、おれを見たワァーンが苦笑した。


「私たちが商いと言わないのは、取引の回数が少ないからです。年に五回あればいいほうで、どんなに多い年でも両手で足ります」


 この世界の暦は知らないが、日本なら月に一度の取引すらない。


(それを商売と捉えるのは、無理だよな)


 しかし、腑に落ちないこともある。

 村には、あの超絶すごいお茶があるのだ。


(あれは間違いなく、金になるよな)


 だからこそ外に出さないということも考えられるが、おれやベイルに飲ませたのだから、秘中の秘という扱いでもない。

 おれはそのへんをワァーンに訊いた。


「聖神のお茶は売っていません。勇者様のおっしゃる通り、あれは戦争の火種になるには十分ですから。私たちが村の外に出しているのは、保存食と水だけです。稀に振る舞うこともありますが、それは村長が信頼した者だけです。勇者様のように」


 なぜだろう。

 最後の一言が、取って付けたように聞こえた。


「話を戻しますが、この『森の迷宮』を踏破することは困難です。というより、それをする意味がありません」


 ワァーンの言いたいことが解らず、おれは首をひねった。


「冒険者にとって、財宝の獲得や魔物の討伐が、迷宮踏破の理由です。けれど、この森にはそれがありません。正しくは聖神の実が財宝で、数多のモンスターも生息していますが、知らぬ者からすれば聖神の実は数ある果実の一つですし、森に生息するモンスターは森から出ません。森の外にある街に危害を加えないモンスターを討伐したところで、報酬など微々たるものです」

「だけど、森に入る冒険者は皆無じゃないんだよね?」

「ええ。毎年一定数存在します。そのほとんどが駆け出しのパーティーで、武勇のない者たちです。彼らは、森の踏破、という武勇を掲げたいのです」


 ワァーンの口調は、ひどく冷めきっていた。

 軽蔑を隠そうともしない。


「その大多数が、遭難して命を落とします。よほど運のいい者だけが、森の外に出られるか、どこかの村に死に体でたどり着くのです」


 言わんとするところは理解できた。

 冒険者だけが来るならいいが、往々にしてモンスターを引き連れてくるのだろう。

 そうなったときの尻拭いは、村の役目だ。


(嫌な顔をするのも、当然だな)


 利益を生まず、災害を引き込む冒険者を歓待する者がいないのも、うなずけた。


「村はいくつあるの?」

「六つです。それぞれが一の村、二の村、三の村、四の村、五の村、六の村を名乗り、ご神木を守護しています」


 偶然とはいえ、六の村にたどり着いたおれは、運がいいのだろう。

 五の村のように壊滅的打撃を受けている村がある可能性も考慮すれば、そう考えざるをえない。


「ご神木って全部同じ?」

「厳密に言えばそれぞれ異なりますが、同じと思ってもらって結構です」

「数は六本だけ?」

「はい。六本だけです」


 にわかには信じがたい。

 ワァーンの話を鵜呑みにするには、この森は広すぎる。

 衛星写真などあろうはずがない世界で、それをどう証明したのだろう。


「六本のご神木は、太古の時代に竜神様がその身を変えたと伝えられています」


 死ぬ間際に加護を授ける、というやつだろうか。


「ですが、それはタブーともされています。なぜなら、竜神様の神通力は凄まじく、一か所に留まることは、生命のバランスを崩す可能性があるからです」


 それは理解できる。

 たった一口で、喉の渇きも疲れも癒せるお茶が作れる実を成すのだ。

 生態系を崩すには十分だし、それをめぐって戦争が起きても、なんら不思議はない。


「魔物たちにご神木の存在がバレた?」


 戦争になるのは、なにも人間相手とはかぎらない。


「バレる、という言い方は語弊があります。この森は元々、モンスターたちの住処でしたから」

「へぇ~、そうなんだ」


 新たな事実に驚きつつ、おれは木の上から襲いかかってきたサルのモンスターを斬った。


「なぜ竜神様がこの地にとどまったのか。それは、この森に悪しき魔王がいたからです」

(マジかよ!?)


 ワァーンは動揺することなく話を続けているが、おれは気が気じゃなかった。


(また初っ端から魔王だよ)


 早いし、最初の村で会うには大物過ぎる。


「その魔王は強力な力を秘めていて、世界征服を目論んでいました。いち早くその計画を察知した六体の竜神様は、それを阻止すべく戦いを挑んだのです」

「勝ったんだよね?」


 ワァーンがかぶりを振った。


「勝ってはいません……けど、負けてもいません。竜神様と魔王は双方に大きな深手を負い、決着をつけることが出来ませんでした」


 六対一で負けなかった魔王を褒めるべきなのか、六対一で勝てなかった竜神を貶すべきなのか。

 どちらにしろ、壮絶な戦いだったのだろう。


「初戦は引き分けに終わりましたが、竜神様は再戦すれば自分たちが負けることを確信しました」


 ずいぶんと弱気な考えだが、その結論に至る過程があるはずだ。


「魔王は子供だったのです。魔族の成長スピードはわかりませんが、次に戦うとき、魔王は大人になっている可能性がありました。そしてそれが現実となれば、竜神様たちは殺されてしまいます。なぜなら、竜神様は老いていたからです」


 成長する者と衰える者。

 時間とは残酷なモノであり、神様ですらそれに抗うことは出来ないらしい。


「老いた自分たちでは、魔王に勝てません。なら、戦わなければいいのです」

(逆転の発想か)


 肉体は衰えても、精神は衰えない。

 現実をきちんと認識し、いまの自分に出来る最善を模索し、実行する。

 当たり前であり、簡単なことにも思えるが、これが意外と難しい。

 冷静に状況を俯瞰(ふかん)し判断できるのは、素晴らしいことだ。


「タブーを犯してでも魔王を封印すべく、竜神様たちはその身を樹に変え、森に六芒星の結界を作りました。そして、我々の先祖に樹を守りなさいと告げたのです」


 一の村、二の村…………とは、そういうことか。


「おれとベイルのせいで、その六芒星が崩れたわけだ」

「はい」

「じゃあ、魔王が復活する?」

「わかりません。ですが……その可能性は高い……かもしれません」


 歯切れが悪いのも当然だ。

 なにせ、ご神木が倒れたのは初めてなのだから。

 現状を経験している者など、皆無である。

 それでも高いと言うことは……


「根拠があるの? あるならを教えてくれるかな」

「先ほど勇者様が退治したモンスターです」

「漆黒の三連星のこと?」


 ワァーンが眉根を寄せた。


(そういえば、あいつらはワァーンには名乗っていなかったか)


 あらためて、おれは漆黒の三連星の特徴を伝えた。


「はい。そのモンスターです。失礼になりますが、確認させてください。二度とも、勇者様が倒されたのですよね?」

「ああ。間違いなく、おれが斬った」

「ありがとうございます。村長に聞いた通りです。これで確信しました。魔王は復活します」


 声音は悲観していない。

 ワァーンにとって、それは想定内なのだろう。


「先ほどの伝承の続きになりますが、六芒星が崩れしとき、魔王とその眷属も復活する、という伝えがあります。死んだはずの魔物が復活したのは、六芒星が崩れたからに他なりません」


 辻褄は合う。

 けど、腑に落ちない。

 上手く言葉にできないが、なにかが違う気がする。


「残り四本のご神木の確認に急ぎましょう! 勇者様、お願いします」


 ワァーンが手を広げた。

 時間が惜しいから、六の村から五の村に行ったときのように、お姫様抱っこを要求しているのだ。

 少しだけ顔を赤らめているから、恥ずかしいは恥ずかしいのだろう。


(時間を短縮するなら、それが最適解なんだよな)


 なにかを忘れ、見逃している気がして……スッキリしない。

 けど、このまま悩み続けても時間の無駄だ。


(しかたねえ。出来ることをやるか)


 自分にそう言い聞かせ、おれは意図的に気持ちを切り替えた。


「行くよ」


 ワァーンを抱え、走った。

 胸に引っかかる答えを捜しながら。


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