286話 勇者はラシール村の村長を手当てした
外に出ると、出発準備をしていた男たちが同じ方向を見上げていた。
「おい! なんか変じゃねえか!?」
「ああ。あれはヤベェかもしんねえぞ」
男たちの声には緊張を強く感じる。
「でもよぉ、あっちだからってヤベェとはかぎらねえだろ」
「まあな。けど、アレはただごとじゃねえだろ」
「ああ。なんかよくねえことが起きてんじゃねえか?」
男たちが指さすほうに、おれも目を向けた。
「んんっ!?」
明るくなりだした空に、黒い煙が立ち昇っている。
一本ではなく、複数本確認できた。
(狼煙か?)
だれかがなにかを伝えようとしているが、意を汲めないから男たちは困惑しているのかもしれない。
(でも、火事っぽくもあるんだよな)
なんとなくだが、大規模火災を想起させた。
(まあ、どっちにしろ、決めつけるのはよくないな)
鍛冶場や炭焼き小屋などが密集している可能性だってある。
「すみません。あっちの方角にはなにがあるんですか?」
「わかんねえ」
声をかけた男はかぶりを振った。
「なにがあるかもわからないのに、ヤベェんですか?」
「冒険者のあんちゃんじゃ理解できねえだろうけど、なにがあるかわからねえからこそ、ヤベェんだ」
おっちゃんの真意はわからないが、理解できたこともある。
妖精の影響は、かなりの広範囲に及んでいるようだ。
そうでなければ、村から見た方向になにがあるかを、村人が認識していないはずがない。
(たぶん、ここにいる全員が、おれと同じなんだろうな)
街道を進み、分かれ道にさしかかったところで行きたいほうに進む。
その先で目的に着けるかは、妖精の気持ち次第なのだろう。
(一生迷わせることもできるし、そうしないことも簡単なんだろうな)
だからこそ、男たちは危惧しているのだ。
どこでなにが燃えているのかわからないままでは、対応も取りづらい。
もし仮に村のすぐそばの樹々が燃えているなら、気づいたときには村の家に飛び火する可能性だってある。
ドサッ
背後でなにかが落ちたような音がした。
「た……助けて……くれ」
弱弱しい声が聞こえたから、間違いなさそうだ。
「どうした? ええっ!?」
振り返ったおれは、無意識にのけぞった。
そこに倒れていたのが、左腕を失ったラシール村の村長だったからだ。
いたるところから出血し、服を赤く染めている。
正直、出血多量で死んでいないのが不思議なくらい重症だ。
「おい! だれか治癒魔法を使えるやつを探してこい!」
「お、おお」
大慌てで数人が走り去ったが、待っていたら死ぬだろう。
アマメをイジメ、ないがしろにしてきた張本人ではあるが、死んで当然だとは思えなかった。
「ヒール」
複雑な感情を抱えながらも、おれは回復魔法を施した。
「あ、ありがとう……がふっ」
礼を口にした後、村長は血を吐いて意識を失った。
「こ、これは一体、なにごとですか? あ、あなたは!?」
家から出てきたビシとエドが、すぐに村長に気づいた。
「その傷はどうされたのですか?」
痛ましい姿に、二人が表情を歪める。
しかし、当人に意識がないことを悟り、おれに視線を向けた。
「いや、さっぱりわかんねえよ」
「あなたたちもわかりませんか?」
「はい。その男は現れた瞬間から、その状態でした。いや、もっとヒドイ状態でした」
回復魔法の効果もあり、出血は止まっているが、腕の切断面はそのまま。
最初に比べればマシかもしれないが、いつ容体が急変してもおかしくない。
「この兄ちゃんの回復魔法がなければ、危なかったと思います」
「そのようですね。清宮様、申し訳ございませんが、そのまま続けていただけますか?」
もとより、そのつもりだ。
中途半端でやめるなら、最初から行っていない。
「がはっ」
村長が再度吐血した。
「おれの魔法じゃ傷は治せても、血の補給はできねえぞ」
「わかりました。至急、医者を手配します」
「その必要はございません。私の診療所で受け入れます」
白衣を着たお爺さんが現れた。
隣りにいる男が呼んできたのだろう。
「んじゃ、案内してくれ」
村長を抱え、おれたちは村の診療所に移動した。
治療が早かったこともあり、村長はすぐに目を覚ました。
「この度は命を救っていただき、誠にありがとうございました」
ベッドから起き上がることはできないが、感謝しているのは声音からも伝わってくる。
「気にしないでいいよ。それより、ビシから質問があるみたいだから、答えてやってくれないかな」
「自分でわかることなら」
本調子には程遠いが、簡単な会話なら問題なさそうだ。
医者も短時間なら、と認めてくれた。
「意識が戻って早々に申し訳ありません。村長という立場におられるあなたに、なにがあったのか教えてください」
「夜明け前に村が襲われました。犯人は髪の長い若い女です。一瞬で村が燃やされ、村人が虐殺されたのです」
「ご子息であるビア様やショウ様もですか?」
「わかりません。ですが、たぶん駄目でしょう」
村長の目には涙が浮かんでいる。
息子の生存を望めないほど、容赦がなかったようだ。
「こんなことを頼める立場でないのは承知の上ですが、息子たちにも慈悲をください」
「どうされますか?」
「一つだけ条件がある。傷が治ったら、アマメに謝れ。息子と一緒にな」
「承知しました」
涙を流しながら、村長がうなずいた。
それをアマメが望んでいるかは知れないが、区切りをつけるきっかけにはなるはずだ。