285話 勇者は妖精の里に行けない理由を知った
翌朝……
(いや、まだギリギリ夜明け前だな)
空はまだ薄暗い。
おれがこんな時間に起きている理由は、エドが訪問してきたからだ。
「非常識な時間に申し訳ございません。ビシ様は本日多忙を極めるため、このような時間になってしまいました」
申し訳なさそうに何度も頭を下げているが、そんな必要はない。
時間をもらっているのは、おれのほうなのだ。
『ビシの家に行ってくる。朝飯は食堂で済ませてくれ』
熟睡中のアマメの枕元に、エドに代筆してもらった右記のようなメモを残してきたが、保険はかけておくべきだろう。
「すみませんが、伝言って頼めますか? 部屋で寝ている子がおれを探していたら、部屋で待ってるように伝えていただきたいのですが」
「それぐらいならかまわないよ」
ありがたい。
受付のおばちゃんは、快く引き受けてくれた。
これで心置きなく話をしに行ける。
ビシの家の前には、五~一〇台ぐらいの馬車が停車していた。
「おい。それは向こうに積め」
「えっ!? 若はこっちでいいとおっしゃっていましたけど……」
「アアン!? マジか!? ちょっと確認してくるから、お前はべつの荷物運んどけ」
「へい」
「って、馬鹿野郎! その荷物は置いていけ!」
そんな会話があっちこっちで繰り広げられている。
最後の追い込みなのだろう。
ピリピリした空気から察するに、出発が近いようだ。
「時間は大丈夫なんですか?」
「多くはございませんが、清宮様とアマメ様のためなら、問題ないそうです」
エドの案内で、おれはビシが待つ執務室に通された。
「おはようございます」
あいさつをしながら、ビシが出かける用意をしている。
「おはようございます。ところで、妖精の里に行くには、許可証を持ってるだけじゃダメなのかな?」
あいさつもそこそこに、すぐに本題を切り出した。
「携帯していただくだけで問題ありません」
「そっか」
「エドから、街道で迷われた、とお聞きしましたが、本当なのですか?」
おれはうなずいた。
「それはおかしいですね」
ビシの眉間に深いしわが刻まれた。
「お渡しした許可証は携帯していただいておりますか?」
「もちろん」
懐から札を取り出し、机に置いた。
「失礼します」
ビシが手にした札を、マジマジと観察している。
「問題なさそうですね」
「傷がついたりしたらダメなのかな?」
もしそうなら、保管方法も考えなければいけない。
「詳しくは教えられませんが……折ったりしなければ問題ありません……ですが、出来ることなら、傷つかないほうがよろしいかと思います」
言い回しからして、大切にしたほうがよさそうだ。
(まあ、雑に扱うつもりもねえけど……)
より大事にしようと思う。
「許可証を持って、街道を進まれたのですよね?」
「手にはしてないけど、ポケットに入れて携帯はしてたよ」
「そうですか」
ビシが腕を組んで首をかしげている。
隣りのエドも同様だ。
「最初に遭遇した分かれ道は何本で、それぞれの看板には何と記されていましたか?」
「分かれ道は二本で、右がラシール村、左がイアダマク共和国、だったかな」
うろ覚えだが、間違ってはいないはずだ。
「なるほど。そういうことですか。お二人が妖精の里に行けない理由がわかりました」
ビシの表情には自信が満ち溢れている。
その様子からして、明確な根拠があるようだ。
(よかった)
内心、ほっとした。
このまま謎だけが残ったら、手詰まりだったかもしれない。
「んじゃ、妖精の里に行くには、どうすればいいのかな?」
「どうすることもできません」
ビシがかぶりを振っている。
雰囲気からして、冗談ではなさそうだ。
「原因はわかりませんが、妖精たちは清宮様とアマメ様を里に招き入れる気はないようです」
「なんでだよ!? おれたちはなんも悪いことしてないぞ」
「それは信じております。ただ、許可証を所持した人間を迎え入れるかどうかは、妖精サイドに一任されております。お二人ともか、どちらか一方なのかは知りえませんが、妖精が拒否していることだけは間違いありません」
(なら、許可証って意味なくねえ?)
と思うが、そうではないのだろう。
地球におけるパスポートと同等なのだ。
発行は各々の国に一任されているが、入国を受け入れるかどうかはそれぞれの国で判断する。
犯罪者は当然だが、身なりが怪しいだけで入国を拒否されることも、珍しくはない。
(ビザなんかあるのかな?)
事前審査を通った者を、入国拒否することはないだろう。
(……まあ、ねえよな)
あるなら教えてくれているはずだ。
けど、たしかめもせずに決めつけるのはよくない。
「里に行く方法は、ほかにはないのかな?」
…………
ビシもエドもなにも言わないのだから、ないのだろう。
「効果があるかは不明ですが、他の村から許可証をもらえば……もしかしたら、招待されるかもしれません」
より多くの信用を積み重ねるわけだ。
なんとなくだが、それはアリのような気がする。
「んじゃ、ほかの村からも許可証を集めてみるよ」
「力になれず、申し訳ございません」
「充分すぎるほど助けられてるよ。いまも時間がないのに対応してくれてるんだからさ」
「こんなことはアマメ様の苦労に比べれば、些事にすぎません」
「それでも感謝してるよ。おれもアマメもな。本当にありがとう」
おれはアマメの分も深く頭を下げた。
「そう言っていただければ幸いです。また何かあれば、ご遠慮なく訪ねてください」
「ありがとう。んじゃ、お暇させてもらいます」
「少しお待ちください」
ビシがペンを握り、スラスラとなにか書いている。
「村長宛てに一筆啓上しました。許可証の発行を頼むモノですので、これをお持ちください」
「重ね重ねありがとう」
渡された手紙を大事にしまい、おれはビシの家を後にした。
ここ数話、妖精にエルフとルビを振っています。
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一手間をはぶくかどうか悩んでおります。