283話 勇者ともう一つの契約
「成生さん、ラシール村のみなさんはどうでしたか?」
村に戻ると、アマメが駆け寄ってきた。
入り口そばにいたということは、おれたちが返ってくるのを待っていたのだろう。
「お婆さんは元気そうだったよ。ただ、それ以上はわからない」
どう伝えたものか一瞬迷ったが、正直に告げることにした。
小首をかしげるアマメに、おれは村を追い出されたことを説明した。
「ビア様は変わられてしまったのですね。ボクの仕事をこっそり手伝ってくださった心優しいお姿はもう……」
それが本当なら、その面影は存在しない。
アマメが肩を落とすのも納得だ。
「でも、村のみなさんが無事でよかったです」
アマメは安堵しているが、おれは疑わしく思っている。
人が減った。
そう告げた商人の言葉を、否定する材料は皆無なのだ。
おれがラシール村で会ったのは、村長一家の三人とお婆さんを合わせた四人だけ。
しかも、お婆さんはいつもあいさつをする面々と会っていない、とも言っていた。
(やっぱり、人がいなくなってんじゃねえか?)
根拠はなに一つないが、そんな気がしてならない。
(それと、ビアはなんか隠してるよな)
村長宅が燃えた不審火も気になる。
(アレは、十中八九魔法だよな)
あの場で何者かが発動したのか、なにかしらのきっかけで作動する仕組みの魔法が仕込まれていたのかはわからない。
けど、何者かの悪意が存在したのは、疑いようがなかった。
時限式のモノが用意されていたところに、たまたまおれたちが遭遇した可能性もあるが……
(ちょっと無理があるよな)
そんな上手くタイミングが重なる奇跡は起きないと思う。
(けど、飛行機は落ちたんだよな)
信じられないことは起こりうる。
(しかも、魂まで砕けて勇者になる、なんて他人が聞いたら「ふざけんな!」って言うだろうしな)
ありえない話が現実となっているのだから、ふざけんな、と一蹴することもできない。
(もし意味があるんだとしたら……それはなんだ?)
おれたちを追い返すためだけに、自分の家を燃やすとは考えにくい。
(やっぱ、第三者の思惑というか、関与があるんだろうな)
「成生さん。成生さん」
アマメが服の裾を引っ張っている。
「うん!? どうした?」
「それはボクのセリフです。ボーッとしてどうしたんですか?」
「ああ、ちょっと考え事をしてた」
「そうですか。では、ビシさんのお話も聞いていなかったのですね」
なにか言っていたのだろうか。
正直、まったく耳に届いていない。
ビシを見れば、苦笑いのようなモノを浮かべていた。
「申し訳ない。もう一度言ってもらえるかな」
「今後の予定を教えてもらえますか?」
「おれとアマメは神界山に行こうと思ってるよ」
「ということは、妖精の許可証をお持ちなのですね」
「えっ!? なにそれ?」
ビシが両目を見開き、驚いた表情を浮かべている。
鏡で見なくとも、おれも同じ表情をしているはずだ。
「神界山とは、文字通り神界へと続く霊峰です。その管理を行っているのが妖精であり、かの者たちの許可がなければ、近づくことすらかないません」
(なるほどな)
だから、おれたちは一向にたどり着けなかったのだ。
「その妖精の許可証って、どこに行けばもらえるのかな?」
「妖精の里です」
「近い?」
「遠くはありませんが、たどり着けるとも言えません」
とんちのようなだが、そうではない。
ちゃんと意味があるはずだ。
……
「神界山に行くには妖精の許可がいるように、妖精の里に行くにも、だれかしらの許可がいるわけだ」
「お察しの通りです」
「んじゃ、だれの許可がいるのか教えてくれるかな?」
「僕です」
(ラッキー)
思わず、ガッツポーズをしてしまった。
「お喜びのところ申し訳ございませんが、そう簡単に許可は出せません」
「えっ!? マジ!?」
ビシが重々しくうなずく。
雰囲気からして、ウソじゃなさそうだ。
「詳しい話は家でしましょう」
「わかった。いくぞ、アマメ」
「申し訳ございませんが、清宮様一人でお願いします。これは妖精との約定にかかわりますので、異論反論は聞けません」
「わかりました。では、ボクはブタさんたちにお別れのあいさつをしてきます」
アマメは不満一つ言わず、豚たちのもとに歩いていった。
聞き分けがいいのはありがたいが、心配でもある。
我慢しすぎて、いつかどうにかなってしまうのではなかろうか。
「では、我々も移動しましょう」
ビシに先導され、おれたちは家に戻った。
「先に謝らせていただきます。申し訳ございませんでした」
リビングに腰を据えると、ビシが頭を下げた。
「実は、先ほど申し上げた妖精との約定など存在しません」
「謝る必要はねえよ。要するに、アマメには聞かれたくないことなんだろ」
「その通りです。以前にもお伝えしましたが、アマメ様は王様と妖精の間に生まれた子供です。それを快く思わない者たちもおりますので、出生は秘密にされたほうがよろしいかと、助言させていただきます」
「なるほど。ところで、アマメの母親はまだ存命なのか?」
「妖精は長命ですから、なにもなければ生きておられるはずです」
確証はないようだ。
「交流もないのか?」
「残念ながら」
かぶりを振るビシは、唇を噛んでいる。
「そっか。わかった。それが軋轢を生むなら、おれからは触れないようにするよ」
「ありがとうございます」
「礼なんていらないよ。それより、こんなあっさりと里に行く許可を出してもいいのか?」
場合によっては、それが軋轢を生むことになりかねない。
「大丈夫です。里に赴く許可を出すのは、我々に一任されておりますので」
「我々ってことは、ビシ以外にも出せるのか?」
「各村の重役一人に権利が与えられており、ラシール村のビアにもあります」
苦々しそうな表情だ。
(まあ、あの対応をされるんだから、仲良くはないんだろうな)
「これがその許可証です」
ビシがひも付きの木札をテーブルに置いた。
お守りのように見える。
「触ってもいい?」
「それは差し上げる物ですので、ご自由にどうぞ」
「ありがとう。じゃあ、遠慮なくもらっていくよ」
「すぐに出発なさいますか?」
「ああ」
うなずきながら席を立った。
「エド、礼のモノを」
「これをお持ちください」
執事が差し出したのは、アマメが貰った大きな籠だ。
宿に取りに行く手間が省けたのもありがたいが、中に詰められた食料などはおれたちのモノじゃない。
「いいの?」
「我々にできるのはこれぐらいですし、アマメ様の笑顔のためなら、出費のうちに入りません」
とことんアマメの幸せを尊重してくれるようだ。
これを拒む必要はない。
「ありがとう。感謝します」
代わりに、深く頭を下げた。
「お気になさらないでください。そして、どうかアマメ様をよろしくお願いします」
ビシやエドも頭を下げる。
「了解した。一秒でも永く、笑顔でいられるように気を配るよ」
「よろしくお願いします」
「ああ。約束する」
これも一つの契約だ。
そのことを胸に刻み、おれはビシの家を後にした。