281話 勇者は悪意を感じる
調査隊はおれを含めて七人。
内訳はビシを隊長に、村人が二人と冒険者が三人。
そして、おれ。
第一報を届けた商人は不参加。
戦闘力がないのもあるが、商談相手を待たせるわけにはいかないらしい。
「皆さん、協力感謝します。道中なにが起こるかわかりませんので、気を引き締めていきましょう」
「おっ、おう」
冒険者たちから、過度の緊張感が漂っている。
「おっ、おまかせください」
それが伝播したのか、村人もだいぶ入れ込んでいる。
(こんなメンツで大丈夫なのか?)
言いたくはないが、素人感が強い。
「では、出発しましょう」
『おう!』
戦に赴くような雰囲気で、調査隊はラシール村にむかうのだった。
「この度は調査隊への協力、誠にありがとうございます。清宮様が参加してくださり、内心ほっとしています」
道中、ビシが小声で話しかけてきた。
「ご覧の通り、僕を含めた全員が素人に毛が生えた同然の者たちなので、熟練の冒険者である清宮様の存在は、本当に心強いかぎりです」
おれの心は不安で満タンだが、それよりも気になることがる。
「おれが冒険者だって話したっけ?」
「直接伺ってはいませんが……もしかして、違うのですか?」
ビシの顔色が急激に青くなった。
「いや、合ってるよ」
「よかったぁ」
胸を撫でおろす感じからして、本当に安堵している。
顔色も血の気が戻った。
「もし違っていたら、引き返さなくてはならないところでした。正直、彼らだけでは不安ですから」
声を潜めて、ビシが冒険者パーティーを指さす。
「経験が浅いのか?」
「数年前まで、彼らは村の住人でした。仕事が多いわりに実入りの少ないことに嫌気をさし、冒険者になったのです。ただ、それで生きていくのは難しかったようで、数か月前に村に戻ってきました」
「にもかかわらず、冒険者なのか?」
「本人たちのプライドもありますから。まあ、我々としては家畜の世話をサボらず行ってもらえるなら、肩書きが村人であろうと冒険者であろうと気にしません」
真理なのだろうが、身もふたもない話だ。
「正直に言いますと、今朝から大忙しだったのは、誰を派遣するかで揉めていたからなのです。若い男衆をかき集めるのが一番なのですが、万が一全滅した場合、村の未来が絶えてしまいますから」
理解はできる。
人間の場合、男女がいなければ種の繁栄はない。
「朝からどの規模で編成を組むかを協議していたのですが、残す人員も確保しなければならず、納得する方策が決められずにいました。はああぁぁぁ」
相当な気苦労があったようだ。
最後のため息が濃く重い。
「正直、手詰まり感がありました。しかし、ラシール村の異変を伝えてくれた商人が教えてくださったのです。村に滞在している清宮様は、腕利きの冒険者だと」
それはおかしい。
この世界で冒険者だと名乗った覚えはあるが、腕利きだと言ったこともなければ、実力を誇示したこともない。
「なあ? その商人って、信用できるのか?」
「わかりません。我々はそれを確かめるために、行動しているのですから」
「面識は?」
「今日が初めてです」
嫌な予感がする。
もしこれがだれかの策略なのだとしたら……
(狙いはなんだ?)
アマメの存在が浮かんだ。
けど、理由がわからない。
元王族の肩書は立派だが、その国はもう存在しない。
いまさら神輿に担ぎ上げたところで、意味はないだろう。
(よくわかんねえけど、早めに戻ったほうがよさそうだな)
「あっ!? 着きました!」
村の入り口が見えた。
おれが来たときとなんら変化はない。
木造家屋が軒を連ねる寒村だ。
「どう思いますか?」
「変わったところはなさそうだけどな」
「おや? あなたはアマメちゃんと一緒に出て行ったんじゃなかったかい?」
籠をくれたお婆さんが家から出てきた。
「お知合いですか?」
「まあ、ちょっとな」
「では、話を聞かせてもらいましょう。すみませんが、少しお時間よろしいですか? 僕はラーシル村の副村長のビシという者です」
「副村長さんですか。そんな偉い方にお話しできることはございません。どうぞ、村長宅をお訪ねください」
お婆さんが大きな家を指さした。
「わかりました。では、行きましょう」
「おれはやめとくよ。村長さんとは友好的じゃないからさ」
「……そうですか。わかりました。では、清宮さんは村に異変がないか探ってください」
「あいよ」
ビシたちは村長宅に歩いていった。
「ちょっといいかい? 村に異変って、どういうことだい?」
お婆さんは不安そうだ。
「今朝ラーシル村に来た商人が、ラシール村に異変が起こってる、っておしえてくれたんです。おれたちはその真偽を確かめに来たんですよ」
「異変なんてないけどねぇ?」
首をひねる仕草は自然で、本当に心当たりがないようだ。
「商人が言うには、人の数が少ない、ってことでしたよ」
「そういえば、今日はだれとも会ってないね」
「いつもは違うんですか?」
「そうね。必ず二、三人は挨拶するわ」
たまたまかもしれない。
けど、その一言で片づけるのは危険だ。
日の出とともに起き、日の入りとともに寝る。
その生活が染みついた人間ほど、規則正しく生活しているものであり、ルーティンを壊さない。
それを崩している者が複数いるということは、やはりなにか起こっている可能性が高い。
ゴウ!
太い火柱が上がった。
火元は村長宅だ。
「おい、大丈夫か?」
家の前で座り込むビシに声をかけた。
「あっ、あっあっ」
気が動転して言葉にならないようだが、うなずいている。
「よかっ」
た、とは言えない。
ビシと村人の姿はあるが、冒険者の姿がない。
「あいつらどうした?」
「な、中にいます」
「マジかよ!?」
火の勢いが強く、すでに建物全体が炎に包まれている。
助かる可能性は低いかもしれないが、このまま見過ごすわけにもいかない。
「ったく、勘弁してくれよ」
全身に魔素を覆わせる。
突っ込む準備は整ったが、実行には移さなかった。
おれが動く直前に火の勢いが増し、爆発したからだ。
吹き付ける熱風はすさまじいが、木材などが飛んでくることはなかった。
すべてが焼失したわけじゃない。
おれたちのほうに来なかっただけだ。
まるで、だれかが防いだかのように、人のいないところに飛散した。
(これを作為的じゃないと思うやつはいねえよな)
確実に何者かの悪意を感じる。
「これは一体どういうことですかな?」
悪意の根源……かもしれない、村長とビアとショウが現れた。
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