27話 勇者対漆黒の三連星~ふたたび
村のあちこちから、火の手があがっている。
「狩れ! 狩りつくせ!」
「すべてを無に帰すのだ」
「かふふふふ」
村を焼き払い惨殺を指示しているのは、漆黒の三連星。
(あいつら、死んだよな?)
斬った手ごたえはあった。
けど、生死を確認したわけじゃない。
(死んだフリでもしてたのか? いや、違うよな)
もしそうなら、おれとベイルがいなくなった瞬間、暴れだすはずだ。
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ! かふふふふふ」
森のことを含め解らないことだらけだが、謎がさらに積み重なった。
(あ~、ヤダヤダ)
それに頭を悩ませるヒマもない。
「きゃああああ」
「ぐあああああ」
こうしている間にも、モンスターの凶刃に倒れる村人たちがいる。
(いまは、目の前のことに集中すべきだな)
気持ちを切り替え、剣を振った。
「風波斬」
標的は背中を見せている漆黒の三連星だが、その途中にいる雑魚モンスターたちもまとめて狩りたい。
(ダメか)
一網打尽に出来れば最高だったが、そうは問屋が卸さなかった。
斬撃は雑魚を屠っていくごとに威力が衰え、漆黒の三連星に届くころには、だいぶ推進力も減っていた。
(無傷で終わるな)
ヘロヘロの風波斬はそう思わせたが、結果は違った。
「ぎゃああ」
悲鳴をあげるロベカルの左腕から、鮮血が飛び散る。
大きめの裂傷ではあるが、深さはそれほどでもなさそうだ。
(まあ、ダメージがあるだけでも、御の字だな)
「誰だ!? 貴様は……我らに不意打ちを浴びせた卑怯者」
漆黒の三連星が振り返り、おれを認識した。
「勇者ベイルはどこだ!?」
「貴様など彼の者がいなければ、雑兵にすぎぬぞ」
「そうだ。我らの敵ではない。かふふふふふ」
「その自信はどこからくんだよ。おれに一刀両断にされたの、覚えてねえのか?」
ルシオ、ロベカル、カフーが、真っ赤な顔で眉を吊り上げた。
「痴れ者が! 貴様ごときに我ら漆黒の三連星がやられるわけがなかろう!」
「我らが生きているのがその証拠だ!」
「その通り! かふふふふふふ」
ものすごい剣幕だ。
そこには、絶対の自信と確信が見てとれる。
(どういうことだよ?)
察するに、三匹にはやられた記憶がない。
けど、おれはたしかに斬った。
これは間違いない。
けど、漆黒の三連星が生きているのも、また事実である。
「さきほどは逃げおおせたようだが、殺されに戻って来るとはな。バカな奴だ」
「この程度の傷しか負わせられぬようでは、相手にならんぞ」
ロベカルが傷を舐めて血を拭う。
「勇者ベイルの前に貴様を殺してやる。かふふふふふ」
なんとなくわかった……気がする。
(漆黒の三連星は間違いなく死んだ。けど、生き返ったんだろうな)
本人たちも知らない理屈で、それは達成されたのだ。
だから、認識のうえでは死んでいないし、おれから受けた一撃も無傷で大したことなかった。
(なら、見下すのも当然だよな)
むしろ、敵とみなすほうがむずかしい。
(おまけに、部下たちもピンピンしてるしな)
そこだけを見れば、ベイルの存在もあやしい。
けど、漆黒の三連星の中には、ベイルに力負けした記憶があるのだ。
(悔しくて、なかったことにはできないんだろうな)
しかし、その姿は村になかった。
だから、逃げたと判断したのだ。
自分たちに傷を負わせられないおれも、それに続いたと考えるのが妥当だ。
(あきれるほど、都合のいい解釈だな)
そんなやつらがおれを殺そうとしているのだから、片腹痛い。
「光栄に思え」
「貴様には過ぎたる力だが、見せてやる」
「我ら漆黒の三連星の奥義」
ルシオ、ロベカル、カフーが重なった。
『究極奥義。三位一体』
驚きも感嘆もない。
ただ三体の魔物がくっつくだけだ。
村で暴れている雑魚も片付けなければならないし、ここに時間をかける意味がない。
「悪いが早々に終わらせてもらうな。あのアブナイ必殺技を言わせるわけにもいかないんでよ」
おれは速攻で間合いを詰め、剣を振り下ろした。
『ヌルイわ!』
受け止めただけでなく、漆黒の三連星は槍を繰り出してきた。
「あぶねえ!?」
身をひねりかろうじて避け、後ろに跳び退いた。
『ぐはげはかふふふふ。逃げ足だけは早いようだな』
「おい。その姿は反則だろ」
前回は合体しただけだったのに、今回は違う。
口は一つだが、目と手足が六つずつある。
おまけに、それぞれが持っていた槍も健在だ。
『これこそが我らの本領である。しかと括目せよ』
その言葉とは裏腹に、漆黒の三連星が消えた。
『百連突き!』
まばたきする間に槍が迫る。
「くっ」
これも、前回とは比べ物にならなかった。
前回は二人で百だったが、今回は一人で百以上だ。
避けるだけで精一杯で、反撃できない。
『ぐはげはかふふふふ。どうしたどうした? 逃げるだけか?』
悔しいが、現状それで手いっぱいだ。
というより、他に意識をむけたら、すぐ串刺しになってしまう。
「ったく、前回のベイルとの戦いはなんだったんだよ」
グチるのも許してほしい。
それほど、漆黒の三連星はべつものだった。
「うああああ」
「きゃあああ」
村人たちの悲鳴が聞こえる。
「ぐははははは」
笑うモンスター軍が優勢であることは、疑いようがない。
(どうなってんだよ)
勢力が一変したこともそうだが、それがこの短時間で起こったことが解せない。
パニック寸前だ。
「すぅぅぅぅ……はぁぁぁぁ」
意識的に大きな深呼吸をしながら、
「せりゃ」
剣で槍を弾いた。
「せりゃりゃりゃ!」
百連突きを手当たり次第にさばいていく。
こういうときこそ、深く考えてはいけない。
大事なのは、できることをサボらないこと。
一つのことに集中すれば、効率も上がる。
「せりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
その証拠に、おれの剣戟も鋭さを増している。
『ぬぬ、少しはやるようだな』
「速攻でやらなきゃいけない仕事があるんだよ」
『ぐはげはかふふふふ。村は助からんぞ』
「俺がいなければな」
あざ笑う漆黒の三連星の横を、一陣の風が吹き抜けた。
「サウザントブレイド」
必殺の連撃が、モンスターたちを次々に始末していく。
その姿は、まさに救世主だ。
『おのれ! 勇者ベイル!』
漆黒の三連星が歯噛みするのもうなずける。
けど……
「よそ見していいのか?」
このチャンスを見逃すほど、おれはバカではない。
「風波斬!」
斬撃が、漆黒の三連星を一刀両断にした。
生死の確認は必要だが、優先すべきはモンスターの討伐だ。
おれはいまだ戦闘の怒号が響く村内に走った。
前回は一対一で渡りあえていた男衆も、今回は無理だった。
けど、彼らは被害を最小限に抑えるべく、複数人で事に当たっている。
おかげで、思ったほどひどい状況ではない。
ベイルの加勢も大きかった。
戦場を駆る姿は、まさに一騎当千だ。
「サウザントブレイド!」
次々にモンスターを始末していく。
手の余った村人が、老人や女子供の避難を行っている。
(さすがだな)
ベイルの働きがなければ、目も当てられない惨状になっていたかもしれない。
「もうひと踏ん張りだぞ!」
『おおおおおおおおおお』
戦意も高い。
(この分なら、任せても大丈夫だな)
おれは戦線を離脱し、漆黒の三連星のところに戻った。
真っ二つになった遺体が転がっている。
見るかぎり死んでいるが、油断はできない。
「近づかないでください!」
静止の声に振り返ると、村長とワァーンの姿があった。
「蘇る?」
「蘇ることは考えにくいですが、可能性はゼロではありません」
「じゃあ、コレどうすんの?」
「我々にお任せください」
村長が一歩前に出た。
「まずはお礼を。この度はありがとうございました。全村民を代表し、感謝いたします」
深く頭を下げる姿から、謝意が伝わる。
「おれは大したことはしてませんよ。すごいのは、いまも戦っている勇者ベイルです」
「ええ。あのお方にも助けられました」
「村長、持ってきました」
両手に火の点いた木材を握り、村の危機を伝えに来た若者が駆け寄ってくる。
「やってくれ」
「はい」
若者は両手に持った木材を、漆黒の三連星の亡骸に放った。
「これで大丈夫だ。皆と協力し、他のところも同じようにしてくれ」
「了解しました」
村長の指示に従い、若者が走っていく。
よく見れば、他の者たちも燃えているログハウスの破片を拾い追随している。
モンスターを火葬するようだ。
「衛生的な問題ですか?」
「それもありますが、再度の復活は阻止しなければなりません」
ということは、村長は知っているのだ。
モンスターが復活した理由を。
「詳しく教えてください」
「そうしたいのは山々ですが、村の状況を考えると難しく……後始末が終わるまで勇者様を足止めすることも、憚れます」
上の者が率先して動く社会や会社は好ましい。
そして、村長がそれを体現しようとしているのだから、邪魔するわけにもいかない。
けど、説明してほしいのも事実だ。
「ご安心ください。こちらの勇者様への説明は、私が致します」
ワァーンが名乗り出てくれた。
ということは、彼女も知っているのだ。
(なら、任せてもいいか)
「では頼む。勇者様、失礼します」
村長も同意らしく、律儀にお辞儀をして走り去った。
「勇者様、次の村に向かいましょう。説明はその道中にお聞かせします」
「次の村?」
「はい。次の村です」
歩き出したワァーンはこちらを見ない。
おれがついてこないとは考えないようだ。
乗り掛かった舟だし、いま脱落するのは気持ちが悪い。
自分が行ったことと、いま起きていることの整合性も知りたかった。
でないと、その先のことが判断できない。
「ダマされてないといいな」
最近の女難を思い出し、おれは小さくつぶやいた。
「はあぁっ」
ため息が漏れる。
(もう、手遅れかもしれないな)
なぜか、そんな思いが込み上げてきた。
「はあぁっ」
もう一度ため息を吐き、おれはワァーンを追った。