275話 勇者はラーシル村に着いた
「成生さん。成生さん。朝ですよ」
身体をゆさゆさと揺られる。
「起きてください」
「うい」
眠い目をこすりながら、おれは体を起こした。
「おはようございます」
アマメは元気いっぱいだ。
「あい。おはよう」
寝る前に仕込んだ焚火も、かろうじて残っている。
おれが寝てから、数時間が経過しているようだ。
(あ~、ヤベェ。クラクラする)
正直寝足りないが、二度寝する雰囲気でもない。
「これ、食べてください」
差し出されたのは、オ・レンジだ。
昨日おれが採ったモノを、残してくれていたらしい。
寝起きで、のども乾いている。
危ない感じがしないでもないが、アマメを見るかぎり平気そうだ。
(まあ、ここでうだうだ考えてもしかたねえか)
どのみち飲まず食わずではいられない。
遅かれ早かれ口にするなら、迷う必要もない。
「ありがとう」
アマメからオ・レンジを受け取り、かぶりついた。
「おおっ!?」
口いっぱいに甘さが広がる。
ものすごい糖度だ。
(まるで砂糖だな)
二口三口はイケるが、大量には食べられそうにない。
これを五つも完食したアマメは甘党だ。
「んん!?」
味が変わった。
甘さは変わらないが、そこに適度な苦さが加わった。
(渋味は……皮だな)
薄い皮を噛むごとに、ゆずに似た味を感じる。
好き嫌いはあるだろうが、おれは嫌いじゃない。
むしろ、この苦みがアクセントとなり、さわやかな甘さになっている。
「これなら何個かイケるな」
「どうぞ」
アマメの手には一つずつ握られている。
「食べないのか? まだ採ればあるんだから、遠慮することないぞ」
「大丈夫です。ボクは先にいただきました」
「そっか。ありがとな」
お言葉に甘え、おれは残りの二つも完食した。
そうこうしているうちに夜が明け、陽も昇り始めている。
視界の確保も十分だ。
「んじゃ、消火するか」
ファイヤーショットで残り木を灰にし、土と混ぜる。
本来ならきちんと持ち帰るべきなのだろうが、今回は勘弁していただきたい。
「よし。乗りなさい」
かがんで自分の肩を叩いた。
「大丈夫です。今日は歩きます」
アマメはやる気と気力に満ちた顔をしている。
これを止めるのはよろしくない。
「辛くなったら言うんだぞ」
「はい」
折りたたんだブランケットを仕舞った籠を背負う。
これで準備万端だ。
「んじゃ、いくか」
手を繋ぎ、おれたちは街道を進みだした。
「やっぱり……おかしいよな」
おれたちは昨日同様、分かれ道に遭遇するたびにアマメが看板を読み、神界山と書かれたほうに向かっていた。
けど、歩けども歩けども着かない。
元気だったアマメも、歩き続けた結果、いまはおれに肩車されている。
「ボクもおかしいと思います」
そう言うのも無理はない。
いや、むしろ看板を読み続けているアマメのほうが、現状の異常さを思い知っているはずだ。
「右が神界山で、左がラーシル村です」
目の前にある看板にそう記されているようだが、この前を通過するのは初めてではない。
数回に一度は、お目にかかる代物だ。
ほかにもシルド村、ルード村、ラルーシ村などが繰り返されている。
ごくまれにラシール村、イアダマク共和国、ムツ王国が記載されている場合もあるが、九割がた先の四つである可能性が高かった。
(ループしてるよな?)
途中そう思ったおれは、何度か看板に書かれた村を目指してもみた。
結果は、ラシール村とイアダマク共和国にだけ行けた。
「んん~」
腕を組んでうなる。
神界山はもちろんだが、ほかの四つの村に行けない理由がわからない。
昨日迷い込んだ怪しい湖にいたっては、看板すら見かけないのも謎だ。
イアダマク共和国で情報収集しようと思ったが、アマメがかたくなに嫌がるので、実行できずにいる。
「ボクは外で待ってますので、成生さんだけで行ってきてください」
理由を訊いても、そう言ってはぐらかされてしまう。
肩車をしたまま、一度シレッと行こうとしたのだが、
「ダメです! 停まってください!」
髪の毛やほほを全力で引っ張られた。
ものすごい力だった。
束で抜けなかった、おれの毛根を褒めてやりたい。
(まあ、そこまで嫌がるなら、なんかあんだろうな)
自分のわがままだけで、このリアクションをする子ではない。
とはいえ、提案をのんでおれだけイアダマク共和国に行くこともしたくなかった。
万が一、アマメが襲われたら目も当てられないからだ。
せっかく自由の身になったのだから、まだまだ幸せを謳歌させてやりたい。
ということで、おれたちはただひたすら街道をウロウロしている。
食料や水分補給には事欠かない。
見上げれば、いつだってそこには、オ・レンジがあるのだから。
(大丈夫かなぁ~)
と心配していたが、体調に変化はない。
ここまでなにもないなら、安全と認識してもいいだろう。
とはいえ、楽観もできない。
「う~ん。どうすっかな?」
このまま歩き続けていいのだろうか。
日が沈むまでには十分な時間があるが、正午を過ぎたのは間違いない。
つまり、歩き始めてから数時間が経過していることになる。
これがずっと続くなら、今日も野宿ということになってしまう。
「成生さん。もう一度、ラーシル村を目指してみるのはどうでしょう?」
「そうするか」
アマメの提案に乗った。
結果……村に到着した。
「ウソだろ!?」
あれだけ延々と歩いてもダメだったのに、今回だけ成功した理由がわからない。
けど、そんなものはどうでもよかった。
「アマメ、ここなら平気か?」
「はい」
二人で入村できるなら、ほかはどうとでもなる。
「んじゃ、いくか」
おれたちはラーシル村に足を踏み入れた。