274話 勇者はブランケットをかける
「アマメ、なんか見えるか?」
「暗くてダメです」
「まあ、そうだよな」
完全に陽が落ち、辺りは暗闇に包まれている。
村を出てすぐに拾った木片を松明代わりに燃やしているが、視認できる範囲などたかが知れている。
それでも訊いたのは、現状、アマメの視界がおれより上にあるからだ。
もちろん、急に成長したわけじゃない。
視線が高いのは、肩車をしているからだ。
「いえいえいえ、そんなことをしていただくわけには」
当初、アマメは首と手をブンブン振って拒否していた。
わからないでもない。
気恥ずかしいところがあるのは、おれも一緒だ。
妥協案として、経験済みのおんぶという手もあったが、汚れた服と松明とお婆さんから貰った籠を持つことを考えると、手が足りない。
四つだからイケるだろ、と思う人もいるだろうが、万が一襲われる可能性を考慮すれば、両手が塞がるのはよろしくない。
汚れた服を籠に入れれば荷物は減るが、キレイなアマメの服を汚すことになってしまうので、コレもダメだ。
「大丈夫です。ボク、歩けますから」
それは知っている。
現にここまで歩いてきたのだから、証明もされている。
「けど、歩き続けるのは困難だろ?」
それほどの距離は進んでいないが、アマメのペースは確実に落ちていた。
「ごめんなさい」
「謝る必要はねえよ。それと、がんばりすぎる必要もな」
他人に頼るのは悪ではない。
むしろ、補えるだれかがいるなら、頼るべきだと思う。
おれもそうするつもりだ。
「アマメ、看板になんて書いてある?」
ちょうどいいところで、分かれ道に遭遇した。
「右が神界山で、左がシルド村です」
「そっか。ありがとうな」
「お礼を言われるようなことではありません」
「アマメからしたらな。けど、文字の読めないおれからしたら、こんなありがたいことはないんだよ」
確率は二分の一だが、それを当て続けることは不可能だ。
ただ、アマメがいれば答えを知れる。
それがどれほど有益かは、語るまでもない。
「わかりました。お願いします」
聡明な子だ。
おれの言わなかったことを、正確に読み取った。
「よっ」
アマメを肩車し、籠をリュックのように背負う。
松明か汚れた服を持ってもらおうかとも思ったが、やめた。
火の粉が顔に当たって熱いし、汚物の匂いをモロに嗅ぐ位置にくるからだ。
両手は相変わらず塞がることになるが、急な襲撃があった際には、汚れた服を投げつけてやればいい。
「んじゃ、いくぞ。あと、落ちないように気をつけろよ」
「はい。わかりました」
気合十分な返事を聞くまでもなく、おれは歩き出した。
「ところで成生さん。ボクはなにをすればいいのですか?」
「道案内だな」
「道案内……ですか。でもボク、外のことは知らないことのほうが多いんですけど……」
「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、アマメにお願いするのは、主に看板を読むことだからな」
またも分かれ道に出くわした。
「右が神界山で、左がルード村です」
「なら、右だな」
おれたちは神界山に続く道を進む。
「左が神界山で、右がラルーシ村です」
なら、ここは左だ。
「左が神界山で、右がラーシル村です」
ここも左だ。
けど、おれは進むべきか悩んでいる。
「さっきから、似たような名前の村が続いてるよな」
なにか意味があるような気がするが、アマメはなにも知らないようだ。
「そうですね。不思議なこともあるんですね」
珍しそうに小首をかしげている。
「森か林かわかんねえけど、ここって広いのか?」
「ごめんなさい。わかりません」
「謝る必要なねえよ。世の中、知らないことのほうが多いんだからな」
慰めでもなんでもなく、おれは本気でそう思っている。
とはいえ、このまま進むのも違う気がする。
うまく言葉にできないが、これ以上先に行けない気がしてならない。
「しかたねえ。今日は野宿にするか」
松明代わりに燃やしている木片も、燃え尽きるまであと十数分。
新しい木材を探すくらいなら、ここで休むのもありだと思う。
むしろ、視界の悪い中ウロウロするより、いいかもしれない。
「んん!?」
街道のすぐそばの樹の下に、枯れた枝が散乱している。
ラッキーではあるが、偶然にしては出来すぎだ。
「成生さん。あそこに枝があります」
アマメはカケラも疑っていない。
いそいそとおれの肩から降りて、一生懸命拾っている。
「おう。ラッキーだな」
素直に育ってほしいので、乗っかることにした。
「食うもんは……」
ない。
と言いたいところだが、見上げれば実が生っていた。
たぶん柑橘系だ。
「あっ!? 果物です」
おれの視線を追って、見上げたアマメも気づいたようだ。
(アレは絶対にあやしいよな)
本能がそう告げている。
「けど、一応……採ってみるか」
ジャンプし、一個もいだ。
「アマメ、コレなにかわかる?」
「オ・レンジです」
「オレンジ?」
見た目や香りは似ているが、この世界にもあるのだろうか。
「違います。オ・レンジです!」
「区切りが大事なのか?」
「はい! それはレンジ系の果物の中でも最高級の、オ・レンジです!」
興奮しているのか、鼻息が荒い。
「た、食べてもいいですか?」
この状況でダメ、とは言えなかった。
飲まず食わずでいるのも無理だ。
「いいよ。欲しけりゃもっと採ってやるぞ」
「ありがとうございます!」
ガブッと食いつき、むしゃむしゃほおばる。
ペロッといきそうなので、あわてて二個三個と採って並べていく。
(おおっ、すげぇな)
どんどん食べ進め、アマメは五個目を完食したところで、パタッと倒れた。
「おい!? 大丈夫か?」
毒かと思ったが、違うようだ。
スヤスヤ寝息を立てている。
「ったく、おどかすなよ」
風邪をひかないよう、ワンピースでもかけてやろう。
「おおっ!?」
籠の中には、子供用のブランケットが入れられていた。
そのほかにも、硬貨の入った巾着などがある。
これらすべては、お婆さんがアマメを思って持たせたのだろう。
「よかったな」
「えへへっ」
ブランケットをかけてやると、アマメが笑顔になった。