270話 勇者の提案は却下された
目つきの悪いガキどもの背丈は、総じて一六〇センチ台。
顔に幼さが残っているから、年齢は一〇代半ば。
綿のシャツと長ズボンを着用し、全員が弓を背中に背負っている。
狩人っぽい出で立ちからして、こいつらがアマメを見捨てた連中で間違いないだろう。
(にしても、すんげぇ怒ってんな)
にらむ……というより、敵意むき出しと表現したほうが正しい。
まるで、親の仇に巡り合ったかのようだ。
(……おれ……なんもしてないよな?)
初対面なのは間違いないが、それを感じさせない憎悪のようなモノがある。
「質問に答えろ! お前は何者だ!」
態度や口調も、ひどく高圧的だ。
若干イラッとしなくもないが、大人だから大丈夫。
なんの問題もない。
「清宮成生。冒険者だよ」
冷静に対処する心の余裕がある。
「嘘を吐くな!」
真っ向否定された。
それはもう、恐ろしいほどの一刀両断だった。
(なら聞くなよ)
なんてことを口にしてはいけない。
言ったら最後、弓を引かれてしまう。
それは比喩でもなんでもなく、ボスガキの後ろのガキどもが射撃の構えを取っている。
「ウ、ウソじゃありません」
「アアン!?」
アマメが声をあげたが、すごまれた瞬間、シュッと背中に隠れる感覚があった。
バカにするつもりはない。
服を掴む手が震えているから、よほど勇気を振り絞ったのだろう。
「おい! 疫病神! てめえ今、俺様に意見したな!?」
よほど癇に障ったようだ。
真っ赤な顔で怒鳴り散らしている。
「ひっ」
背中で身をすくめるアマメ。
普段から、よほどひどい仕打ちを受けていることは想像に難くない。
「おい成生! 背中の疫病神をこっちに寄こせ!」
「ヤダよ」
「アアン!?」
すごまれたところで答えは変わらない。
むしろ、反抗心が生まれるばかりだ。
「アマメ、あそこがラシール村だよな?」
「はい」
小さな肯定だった。
「よし。んじゃ、行くか」
「待て! おっさん! 三度はねえぞ! 背中の疫病神を俺様に渡せ!」
従わなければ、ガキどもは実力行使に打って出る。
それは間違いないが、どうということもない。
束になってかかってきたところで、おれの敵にはなりえないのだから。
第一、こんな野蛮なガキどもにアマメを預けることはできない。
ここはもう一度、はっきりと否定したほうがよさそうだ。
「やなこったい」
弓矢が放たれた。
(一度目は大目に見よう)
跳び退いて躱しながら、おれはそう思った。
若さゆえの過ちは、だれにでもある。
「撃て!」
追撃も大したことはない。
けど、射線から殺意が読み取れた。
心臓や眉間といった、急所だけが狙われている。
「そんぐらいにしとけよ。これ以上続けるなら、おしおきするぞ」
「はんっ! やれるもんなら、やってみろ!」
言質は取った。
そして、忠告を無視した三発目が繰り出される……はずだった。
「やめんか。馬鹿者どもが」
村から駆けつけた若者のげんこつが、ガキどもの頭に降り注ぐ。
ゴンゴンゴンゴンゴン
見事な連打だ。
「いてぇな! なにすんだ、兄ちゃん」
「それはこっちのセリフだ。お前らこそ、これはどういうつもりなんだ?」
「どうもこうもねえ。あいつらに立場ってやつを教えてやってるんだ」
ドゴン!
いまの一撃は、それまでのモノより強力だった。
(音が全然違ったもんな)
あまりの痛さに言葉が出ないだけでなく、ボスガキは涙を流している。
「村の若輩者が働いた無礼、謝罪する」
若者が深々と頭を下げた。
「そんなことする必要はないよ。っていうか、仲裁に入ってくれたこと、こっちが感謝したいぐらいだよ」
「そう言っていただけると助かる。私の名はビア。この跳ね返りは、弟のショウ。どうぞお見知りおきを」
ビアはボスガキの兄だった。
力関係もはっきりしているようで、頭を押さえつけられても文句一つ発しない。
「これは親切にどうも。おれは清宮成生と申します」
「では、成生殿とお呼びさせてもらっていいだろうか」
「好きに呼んでもらってかまいませんよ」
「感謝する」
好感の持てる青年だ。
「では、背中の疫病神をこちらに渡してください」
前言撤回。
ビアもショウに負けず劣らず、キツイ性格をしている。
「その疫病神は関わったが最後。皆を不幸にするのです」
「おれは大丈夫だよ」
「接触してからさほど時間が経過していないからでしょう。このままなら、いずれ取り返しのつかない災厄に見舞われます」
新興宗教やノストラダムスの大予言が頭に浮かんだ。
どれも胡散臭いモノばかりである。
「その災厄を回避するためにも、疫病神をこちらにお渡しください」
要求のしかたもそっくりだ。
危ないから壺を買え、天国に逝くために献金しろ、となんら変わりない。
(こんなものに付き合うほど、ヒマじゃねえんだよな)
神界山に行くために話を聞きに来たわけだが、ラシール村で有益な情報が得られるとは思えなかった。
「んじゃ、こうしようよ。きみたちが疫病神と呼ぶアマメはおれが引き受けるから、ここでサヨナラしよう」
提案としては悪くないと思う。
おれと一緒にいればアマメは虐げられることはないし、おれも道に迷うことがなくなる。
ラシール村にしても、疫病神が追い払えるのだから文句はないはずだ。
「その要求は受け入れられませんな」
村から出てきた巨躯の男が、おれの提案を却下した。