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267話 勇者は山の麓に行けない

 警備隊から聞いた話では、イアダマクから山に抜けるルートはなく、街道を大きく迂回するルートしかない、らしい。


(面倒くせぇなぁ)


 おれなら街を囲む外壁を飛び越えることは余裕だ。


(なんなら、城だってイケるけどな)


 一足飛びは無理だとしても、外壁を利用した二段飛びなら充分可能である。

 ただ、実行するのは難しい。

 というより、やるべきではない。

 城からは楽団が奏でる演奏が洩れ聴こえている。

 城内でパーティーが開かれている証拠だ。

 そこには当然、友好国や貴族などの要人も招かれているだろう。

 中に入ったり、窓から覗いたりしないと誓えるが、わけのわからないやつが近づくこと自体が問題なのだ。


(まあ、指名手配は免れないよな)


 国のメンツをかけて捕まえようとするだろう。

 旧国家の暗躍も疑うだろうし、てんやわんやの大騒ぎになるのは間違いない。

 当然、建国祭も中止だ。

 浮かれ気分に冷や水を浴びせられるのだから、市民は怒り狂うだろう。


(最悪、殺される可能性もあるよな)


 全員が躍起になっておれを探すはずだ。

 祭りを中止に追いやった犯人ということもあるが、英雄(ガネイロ)に危害を加えようとした人物を、この街は絶対に許さない。

 建国の挨拶を熱心に聞く姿からして、それは疑いようがなかった。


(大人しく遠回りするか)


 イアダマクに舞い戻る可能性だってあるし、騒ぎを起こして喜ぶ変態でもない。

 城を超え山の中腹に降り立つことができればいいことづくめだが、それはおれにかぎった話なのだ。


(のんびりいくか)


 幸い、時間はたっぷりある。



 歩き始めて気づいたことだが、街道はウネウネしていて、分かれ道が多い。

 その都度、地面に打ち込まれた丸太に矢印の看板が打ち付けられているので迷うことはないのだろうが、文字が読めないおれには意味がなかった。

 いまのところ山に続いてそうな道を選択しているが、たどり着けるかは未知数だ。


(合ってんのかな?)


 ほんの少し不安を感じるぐらいの距離は歩いている。


(まあ、整地はされてるから、だれもいない場所には着かない……よな)


 言い切れないところが若干不安だが、ネガティブになってもしかたがない。


(ポジティブに考えないとな)


 悪い想像をしていると、えてしてそれが現実になるモノだ。

 …………


「なんてこったい」


 数時間歩いた結果、おれはがっくりと地面に両ヒザをついた。

 目の前に現れたのは、山の入り口ではなく、湖だった。

 大きさはわからない。

 というのも、湖の上に霧が立ち込めているからだ。


(アレは……間違いなく人為的なモノだよな)


 周辺の林や湖畔に霧がないことも理由の一つだが、一番はそこそこの風が吹いていることだ。

 地球と同じ原理であるなら、空気がかき混ぜられている現状、先が見通せないほどの霧は発生しない。


(ヤベェとこかもしんねえな)


 来てはいけない場所に足を踏み入れてしまった可能性がある。

 人っ子一人いないのも不安だ。

 そしてなにより、湖の畔に五本の丸太をロープで括っただけのイカダが捨て置かれているのが怖い。

 だれがなんのために作り、放置したのだろう。

 桟橋がない様子からして、日常的に使用していたわけではないはずだ。

 ビュウ~と一際強い風が吹き、背中が震えた。


「よし。ここには来なかったし、見なかったことにしよう」


 問題が起こる前に、おれは踵を返した。


「あら、残念」


 背後から女性の声が聞こえたが、振り返ったりはしない。


(大丈夫。なにも聞こえなかった。空耳空耳)


 自分にそう言い聞かせる。


「今度会うことがあったら、楽しみましょうね」


 色っぽく艶のある声だが、絶対に振り返ったりしない。

 色香に惑わされ、反応した瞬間……グサッということも考えられる。

 遭遇したことはないが、美人局の常とう手段だ。



「ふうぅぅぅ」


 なんとか無事に街道に戻れた。

 ここまで来れば、振り返っても大丈夫だろう。


 チラッ


 思った通り、問題なかった。


「よし。それじゃあ、山を目指すか」


 仕切り直すため、あえてそう口にする。

 …………

 歩けども歩けども、目的地に着かない。


(デカすぎんだよな)


 近づくなり遠ざかるなりしているのは間違いないが、おれから見える山は一向に姿を変えない。

 多少の距離感が影響しないほど、大きいのだ。


(こりゃ無理だな)


 やみくもに歩いても、たどり着けそうにない。

 いつものようにジャンプして上から確認する方法もあるが、やめといたほうが無難だ。

 なんとなくだが、あの湖を上から見るのは、マズイ気がする。


(マジでどうすっかな)


 せめて現在地だけでも把握できれば違うのだが、地図はどこにもない。

 分かれ道以外にも看板はあるのだが、ほとんどが文字だけで記された簡易的なモノである。

 ごくまれに絵が添えられているモノもあるが、クマ出没注意、みたいなモノだけだ。

 一度イアダマク共和国に帰ることも選択肢ではあるが、どこをどう進んだのか覚えていないのだから、それも難しい。


「う~ん。もっと情報収集してから動くべきだったな」


 後悔先に立たずだ。

 陽が落ち始めているのも気になる。

 斜陽になるのも時間の問題だろう。


「もうこの際、魔物でもいいから出てきてくんねえかな」


 ガサガサ


 茂みが揺れた。


「マジかよ!?」


 こんなすぐに現実になろうとは、思いもしなかった。


「に、逃げてください!」


 八歳ぐらいの子供が転がるように姿を現した。


「ブモオオオオオオオ!」


 その後ろから、イノシシが飛びかかってきた。


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