26話 勇者は村に舞い戻る
「子供たちを避難させろ!」
「残された聖神の実を死守するんだ!」
「頑張りすぎるなよ! 第二波第三波が来る可能性もあるぞ!」
激しい戦闘音とはべつに、村人たちの冷静な指示が飛び交っている。
「俺に続け~!」
『うおおおおおおおおおおお!!!!』
ベイルの鼓舞も、村人たちを勇気づけていた。
(これなら、問題はなさそうだな)
共通の敵を前に、一致団結したようだ。
「あちらです」
おれはワァーンの指さす方向に走る。
目の前にモンスターがいるが、蹴り飛ばして最短距離を突き進んでいく。
そして、すぐに森に入った。
「スピード落とそうか?」
「いえ、大丈夫です。右です」
おれはいま、結構なスピードで走っている。
体感では、最低でも時速五〇~六〇キロは出ていると思う。
「左です」
それでも、ワァーンの指示が滞ることはなかった。
「正面から五本目と六本目に見える木の間を進んでください」
しかも、的確でわかりやすい。
(感謝だな)
正直、おれ一人なら、完全に迷子だ。
「村に出ます」
目的の村に着いた。
「おっ!?」
そこは最初の村だった。
「うそっ……まさか、手遅れなの」
変わり果てた村の姿に、ワァーンが目を見開き、口に手を当てる。
「大丈夫だと思うよ。被害は最小限のはずだから」
「ご存じなのですか?」
「ああ。この村もモンスターに襲われたけど、ベイルが居合わせたからね」
「そうだったんですか。では、あなた様とベイルさんが救ってくださったのですね」
「いや、おれじゃなくて、ベイルの活躍だよ」
「いえ、あなたにも救われました」
おれの否定を、初老の男が否定した。
「村長様。お久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
丁寧に挨拶をするワァーンに、村長はくだけた挨拶を返した。
この辺りは、立場の違いだろう。
「やはり、凄いお力をお持ちなのですね」
ワァーンが尊敬の念を込めた視線を送ってくる。
むず痒い。
特段の成果はあげていないのに、ワァーンのおれに対する評価は爆上がりだ。
誤解だなんだといったところで、無意味だろう。
それに、いまは訂正する時間も惜しい。
現在進行形で問題が起きているのに、くだらない問答で時間を潰したくない。
「お礼も受け取らず旅立たれたあなたが、ワァーンを連れて戻ってきた、ということは、六の村になにかあったのですね?」
察しのいい者が多くて助かる。
「お話しします」
「その格好で……いや、続けてくれ」
言われて気づいた。
お姫様抱っこで、真面目な話をするやつも珍しい。
「ゴホン、お、降ろしてください」
咳ばらいをし、ワァーンが顔を赤らめる。
気持ちは一緒であり、すぐに立たせた。
「ありがとうございます」
おれに小さく会釈し、ワァーンはすぐに村長へと向き直った。
「単刀直入に言います。六の村のご神木が倒れました」
「ま、まさか! それは、ほ、本当か!?」
「このような嘘はつきません」
「そ、そうだな。す、すまない。気が動転した」
口が回ってないし、村長の顔から汗が噴き出している。
あの樹が倒れたことが、よほどショックであるようだ。
「五の村は大丈夫ですか?」
「無事だ。見に行くか?」
「お願いします」
「では、すぐに案内しよう。こちらだ」
二人は森に向かって歩を進める。
「ついて来てください」
足が止まっていたおれを、振り返ったワァーンが手招きする。
「あいよ」
遠ざかる二人の背を追った。
森を歩くことしばし、おれたちはご神木の前に着いた。
ベイルが斬った樹とはべつだが、それは間違いなくご神木である。
そう断言できるのも、樹の上に見覚えのある果実があるからだ。
あれは、村人が聖神の実と呼んでいた物で、間違いない。
「ご理解いただけたかな」
「はい。この目でしかと確認させていただきました」
「では、そちらのご神木が倒れた理由を聞かせてくれ」
「それは……」
「おれから話しますよ」
口ごもるワァーンに代わり、おれが説明した。
「勇者様がそんなことをなさるとは……」
ここで言う勇者様とは、ベイルのことである。
ただ、勘違いをしてもらいたくはない。
おれはベイルに倒木の罪を擦り付けたのではなく、おれとベイルが共犯であることをきちんと説明した。
「この木には、ほかの木にはない重要な意味があるんですか?」
これが訊きたかったから。
答えがイエスなのは、もちろん理解している。
おれが知りたいのは、どんな意味をもっているのか、だ。
「それは……」
村長は口ごもり、ワァーンと視線を合わせる。
言っていいこと悪いことの線引きがあるのだろう。
おれは二人が話しやすいように、少し距離を取った。
「すべて……ほうが……」
「……めだ。ま……」
最初こそ二人は小声で話していたのだが、次第にヒートアップしてきて、声が大きくなっている。
「漁夫の利を得るようなことをすべきではありません!」
「そのようなことをするつもりはない! 我らも相応の対価は差し出す」
ついには言い争いに発展してしまった。
「村長! また村が襲われている」
止めるべきかどうか悩んでいると、慌てた様子で若者が伝令に来た。
『グルアアアア』
モンスターたちの咆哮が聞こえるから、間違いないなさそうだ。
「第二波だと!? 早すぎる」
村長の顔が一気に強張った。
(好都合だな)
質問の答えを得る前に、まずはこちらの誠意を示そう。
「ワァーン」
「ここは大丈夫です。村をお願いします」
おれが言い終えるより早く、ワァーンが頭を下げた。
聡明な子だ。
村長もうなずいている。
「任せとけ」
おれは村に走った。