256話 勇者は大魔王を放置する
結果から先にいうと……大魔王ガネイロを討伐する必要はなさそうだ。
聞いた話では、ガネイロは辺境の隠れ里のような場所で幼少期を過ごしていたが、その里が滅ぼされたことで旅に出た。
……どこかで聞いた……いや、プレイしたことのある話だが、異世界にはありがちなシチュエーションなのだろう。
問題があるとすれば、ガネイロが住んでいた里にいわくはなく、街道を通すのに邪魔だったから、という理由だ。
立ち退け、イヤだ、の応酬の結果、実力行使で滅ぼされてしまった。
個人的には代替地を用意し、街道整備の人員として雇用すれば都合がいいように思えたが、そうはならなかった。
「ガネイロ様は天涯孤独になっても腐ることなく、まじめに働いて成長されたんだ。あんたも冒険者なんか辞めて、真面目に働かなきゃ駄目だよ」
話を聞かせてくれたお婆さんは、そう言い残して去っていった。
「いや、ガネイロも冒険者だったでしょうよ」
だれにも届かない反論だが、間違ったことは言っていない。
「おっ!? 兄ちゃんもガネイロにあこがれてる口だな。よしっ、一杯やろうぜ」
急に現れたガタイのいいおっさんが肩を組んでくる。
顔は赤くないが、呼気が酒臭い。
「いえ、結構です」
「遠慮すんな! 今日の飲食は国が払ってくれるんだぞ」
カラまれると面倒なのでやんわり押し返したが、強引に店に引きずり込まれた。
「うおっ!?」
中はパンパンだ。
スピーチの終了とともに店が再開され、客がなだれ込む様は見ていたが、これほどとは思っていなかった。
まるで通勤ラッシュだ。
おれたちは運よく目の前の席が空いたから座れたが、床に直接座っている者も少なくない。
「飲食費がタダってことですけど、そんなことありませんよね」
「普通ならな。でも、今日は建国祭だから、特別だ」
信じられない。
建国をして終わりではないのだ。
維持し、発展させなければならない。
そのためには資金が必要で、無駄遣いすることは許されない。
(圧政に苦しめられた民を労うんだとしても、べつの方法があるんじゃねえかな)
金のなる木でもあるのだろうか。
(まあ、他人の懐を気にしてもしかたねえよな)
大事なのは自分の財産だ。
金はサラフィネにもらったモノがあるが、この世界で使える保証はない。
もし仮に使えるんだとしても、初対面のおっさんとの飲食には使いたくない。
(確認が必要だな)
本当に飲食が無料なのかどうか。
その答えいかんによっては、即座に席を立とう。
「イア……すみません。この国ってなんて名前でしたっけ?」
「ムツ……じゃねえな。ええっと……」
「イアダマク共和国だよ」
頼んでない樽ジョッキを置きながら、給仕のおばちゃんが教えてくれた。
「そうそう。イアダマクだ」
すっきりしたのか、晴れやかな顔でおっさんがジョッキをあおる。
まったくもって躊躇がない。
「ったく、呑んだくれるのはいいけど、粗相をしたら出て行ってもらいからね」
枝豆や餃子っぽいモノが次々に置かれていく。
「あの、頼んでませんけど」
「見ての通り、今日は客が多いからね。いちいち客の好みに合わせて作ってらんないんだよ」
厨房も給仕もてんやわんやなのは見て取れる。
「他に食いたい物があるなら、客同士で交換しな」
おばちゃんの言葉を体現し、おっさんが餃子っぽいモノと冷奴っぽいモノを隣りの席と交換している。
品によって単価が違うのだから、これがまかり通るのは不自然だ。
ただ、飲食費がタダなら、理屈は通る。
(まあ、ビール一杯ぐらいなら払ってもいいか。うん。そうだな。せっかくだからいただこう)
なんやかんや言ってはいるが、本音としては周りが美味そうに飲んでいる姿にあてられたのだ。
(ぬるっ)
味はビールで間違いないが、信じられないぐらい生温い。
(マジかよ。コクもなければキレもねえじゃねえか)
もともと酒が好きじゃないのもあるが、二口以上は遠慮したい味だ。
おれを連れてきたおっちゃんも隣りの席と意気投合し、もはやおれには興味がない。
(出るか)
店内も酒臭く、ここにいるだけで酔いそうだ。
「んじゃ、お先に失礼します」
一声かけておれは席を立った。
店を出るまでドキドキしたが、本当に無料のようだ。
だれも催促に来ない。
「んんんんん」
伸びをしながら深呼吸した。
新鮮な空気がうまい。
ごった返していた大通りからは人影も少なくなり、城まで行くこともできそうだ。
(せっかくだから、観ていくか)
ゆっくりとそこを目指すことにした。
街は笑顔で溢れている。
子供から大人はもちろん、種族も関係ない。
みなが肩を組んで喜んでいる。
唯一の例外は、城の入り口を守る兵隊だ。
キリッとした表情で職務にあたっている。
「なにか御用ですか?」
おれに気づき声をかけてきたが、物腰は柔らかい。
視線も不審者を見るようなモノでなく、心配や気遣いが色濃く表れている。
「用はないんですけど、城を一目見たくて」
「そうですか。中に通すことはできませんが、外からならご自由にどうぞ」
「ありがとうございます」
外観は中世ヨーロッパの城だ。
立派だが、感動するほどじゃなかった。
正直、ありきたりといってしまえばそれまでだ。
ただ、城の後方にそびえる山は立派だ。
山頂は雲に隠れるほど高い。
「活火山……じゃねえよな」
もし仮にそうであるなら、すぐそばの麓に城は建てないだろう。
それが王城となれば、なおさらだ。
「なんか惹かれるな」
おれの中にそんな気持ちがむくむくと湧き上がる。
登山の趣味はない。
というより、疲れるし高山病などのリスクもあるので、登りたくない。
けど、おれの中のなにかがあそこに行けと叫んでいる……ような気がする。
(もしかしたら、あそこに魂のカケラがあるのかもな)
前回のペンダントのこともあるから、無視はできない。
「んじゃ、行ってみるか」
大魔王ガネイロは放置していいだろう。
たぶんだが、倒すべき大魔王はべつにいる。
勝手な決めつけであることは重々承知だが、おれは名も知らぬ山に行くことにした。
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