264話 勇者は大魔王の建国に立ち会う
「おっ!?」
目の前……というか、周囲に広がる光景に少しだけ驚いた。
タイルで舗装された大通りと両脇に建ち並ぶレンガ造りの一軒家。
集合住宅のような大きさの物もちらほら確認できる。
「どう見ても街だよな」
人は当然ながら、魔物もたくさんいるようだ。
老若男女を問わず、ゴブリン、リザードマン、オーク、ラミアなど、あげればキリがない。
妖精っぽいのまで飛んでいる。
「共栄共存してんだな」
争う形跡どころか、全員が同じ方向に走っていっている。
急に現れたおれに見向きもしないことからも、よほど急いでいるのだろう。
まさに一心不乱という表現がピッタリだ。
熱気もすさまじい。
この感じからして、一世一代のなにかがあるのだろう。
「おれも行ってみるか」
野次馬根性はないし、人混みは嫌いだが、種族を超えて熱狂させる事象には興味がある。
遠巻きに見るぐらいなら、もみくちゃにされることもないだろう。
トボトボ歩いていくと、すぐに行き止まりに直面した。
正確にはまだ先があるのだが、ごった返す人や魔物で進むことができない。
空を飛ぶ種族もいるが、
「降りて地上をお進みください」
ガーゴイルの警備員に制止され、最後方に誘導されている。
この感じからして、屋根の上を移動することも許されないだろう。
「すみません。この先にはなにがあるんですか?」
「城だよ! 城!」
話しかけたオークのおじさんが、興奮気味に前方を指さす。
「んん!? あれか!?」
かなり離れた場所に、それらしきモノが見える。
(こりゃ、あきらめたほうがいいな)
あそこまで行くには、かなりの時間がかかるだろう。
「おい、あんちゃん。列を離れたら、また最後尾だぞ」
「用事があるんで、今回はあきらめます」
「そっか。残念だな。人間の寿命だと、こんな機会はもうねえと思うぞ」
オークのおじさんは、我が事のように肩を落としている。
この人……といっていいのかはわからないが、オークのおじさんが特段にいい人であるわけではなさそうだ。
奥のほうでは、子供を肩に乗せている大柄の魔物の姿も確認できる。
人のほうも魔物の尻尾を踏んだりしないように気をつけているようだ。
人間も魔物も分け隔てなく、互いを気遣っている光景はすばらしい。
なので、人混みに嫌気がさし始めているおれは、早々に退散しよう。
列を離れ、空いてる場所を探す。
(う~ん。裏路地しかなさそうだな)
いまは安全そうだが、入った瞬間にごろつきに囲まれるパターンも考えられる。
どこかの店に入って一服するのが一番安全だが、手持ちがない。
(おっと……そういえば、サラフィネになんか渡されたよな)
転移する前に受け取った布袋を取り出し、中を確認した。
「おおっ!」
硬貨だった。
見たことのないデザインだが、状況からして、この世界の通貨だろう。
「よし。茶でも飲むか」
と思ったが、ダメだ。
どこも臨時休業で営業していない。
治安が悪そうな裏路地も、悪そうなだけでなんの問題もなかった。
というか、本当にだれもいない。
街にいる全員が、城に向かっているようだ。
ボンボンボン
運動会の開始を告げる昼花火のような音が聞こえる。
『きゃああああああああ!!』
『うおおおおおおおおお!!』
怒号のような歓声だ。
催しが始まったか、始まるのだろう。
観れないとは思うが、メインストリートに戻った。
ボンボンボン
昼花火が連続で打ち上げられる。
場所は城の近くだ。
『ガッネェイロッ! ガッネェイロッ! ガッネェイロッ!』
大気を震わすほどの大合唱とともに、全員が拳を突き上げている。
成り上がった大物ロック歌手のコンサートを思わせる光景だ。
これを鎮められるのは、ガッネェイロッしかいない。
「……さ……こし……お……かに…………さい」
どこからか声が聞こえた。
大合唱をしていた者たちの耳にも届いたようで、ピタッと止んだ。
(すげえな)
影響力の高さがうかがえる。
「只今より、新国主の挨拶が始まります」
拍手が沸き上がるが、だれも声を発しない。
全員が国主の言葉を待ち望んでいるようだ。
「俺が今日この日を迎えられたのは、優秀な仲間と、今を喜んでくれている皆さんに支えられてきたからです」
拍手が鳴りやんだ。
だれもがその一言一句を聞き逃さぬよう、耳を傾けている。
国主の挨拶は城からなされているのだろうが、ここまではっきりと聞こえるから不思議だ。
(……あれか)
点々とスピーカーのようなモノが置かれている。
そのすぐそばに魔素を送っている人物がいるのだから、アレは間違いなく魔道具だ。
「初めは小さな冒険でした。街の子供がおつかいに行くような、だれもが経験する困難です」
思い当たる節があるのだろう。
大人たちが子供の頭を撫でている。
「しかし、道のりはすぐに険しくなりました。苦楽を共にした友を失い、歩みを止めそうになったこともありました」
国主の告白に、すすり泣く者も少なくない。
「ですが、今日ここからの景色を見て、友の死を無駄にしないでよかった、と、心からそう思えます」
またも湧き上がる拍手。
「皆さんを苦しめた暴君は、この世に存在しません! これからは、自分の未来に希望を抱ける日々がずっと続きます! それを、新国王になる俺が約束します!」
拍手の音が一段と大きくなる。
それは、ここにいる全員が好意的に受け入れている証拠だ。
「今日をもってムツ王国は消滅し、このガネイロが大魔王となって治める、イアダマク共和国の建国を宣言する!」
喜びの悲鳴が各所で発声し、種族を問わず全員が泣いて喜んでいる。
泣いていないのはおれだけだ。
理由は単純である。
「ウソだろ!?」
倒すべき大魔王の建国に立ち会ってしまったからだ。
幸せの絶頂にいる国民を絶望に叩き落とす暴挙を強いられるおれは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。