閑話 勇者と女神のエトセトラ③
「いや~ぁ、永い。永すぎますよ。勇者」
ため息と一緒に、サラフィネの呆れた声音が届いた。
「もう、わたしの出番は一生こないんじゃないか、と危惧するほど永いです」
言いたいことはわかるが、そんなことはありえない。
「ここにつなげなきゃならねえんだから、お前の出番がないってことはねえだろ」
「そう決めつけるのは早計です。おれたちの旅は続くエンドの可能性も、否定はできませんからね」
「不吉なことを言うんじゃない!」
「では、断言できるのですか!? 必ず、現在地、にたどり着くと!」
敏腕刑事が容疑者を問い詰めるかのような迫力が、いまのサラフィネにはある。
…………
(ダメだ。なんも言えねえ)
頭をよぎったのは金メダリストが残した名言と同じだが、意味合いはまったく違う。
むこうは偉業をなした達成感から言葉に詰まったのに対し、こちらは答弁に窮した政治家のようなものである。
追求をうやむやにしたいだけなのだ。
(いや、待てよ)
冷静になれば、それは違う。
というより、おれが責められるのはお門違いだ。
「そんなもん、登場人物が知るわけねえだろ!」
「なるほど。そう開き直るのですか」
「開き直りじゃねえよ。真実だよ」
「はああぁぁぁ」
サラフィネが盛大なため息を吐いた。
両肩をすくめ、手のひらを持ち上げるジェスチャー付きだ。
バカにする意図はないかもしれないが、カチンッときた。
「お前、マジでふざけんなよ。いい加減にしねえと、おれの堪忍袋の緒も切れるぞ」
「カッとしてはいけまん」
なぜかニヤニヤするサラフィネ。
おかしなことは言ってないが……
「あっ!」
わかった気がする。
「もしかして、英語のカットとカッとなるをかけたのか?」
肯定はしなかったが、肩を小刻みに揺する様子からして、その通りなのだろう。
「女神が自分の言ったダジャレで笑うなよ」
怒るより呆れてしまう。
「なんのことですか? わたしはダジャレなんて言っていません」
真顔で反論された。
「じゃあ、なんで笑ってたんだよ」
「笑ってなどいません。肩を上下に動かすストレッチをしていただけです」
恐ろしいほど苦しい言い訳だ。
けど、本当の恐怖はそこじゃない。
臆面もなくそれを言い放てる胆力こそが、なにより怖かった。
女の豪胆さ、などではない。
それは、性別を超えたペテン師の在りようだ。
(とんでもないヤツに、おれは未来をゆだねたのかもしんねえな)
背中を冷や汗が伝う。
若干だが、心拍数も上昇している。
「どうしました?」
「いや、女神の恐ろしさを垣間見ただけだよ」
「馬鹿を言わないでください。わたしに恐ろしさなどありません。あるのは、グレデビー山より高い優しさのみです」
……聞いたことない山だ。
(いや、どこかで聞いた覚えがあるな)
頭を働かせる。
記憶をたどれば、必ず正解にたどり着くはずだ。
……けど、ひらめくモノはなかった。
「なあ、それってどこにある山だっけ?」
「勇者が次に行く異世界で登った山です」
「ああっ!!」
思い出した。
「そう言われりゃ、そんな名前だったな」
「思い出していただけたなら幸いですし、証明もできましたね」
「なんのだよ?」
「わたしが優しいということです」
それとこれとは話がべつの気もするが、まったく見当違いでもない。
「たしかに、あの配慮がなければ、詰んでたよな」
それが良いことだったのか悪いことだったのかはわからないが、旅の助けになったのだけは間違いない。
「勇者よ。壮大な前振りはおやめなさい。自分がつらくなるだけですよ」
「その通りだな。すべてにおいてフワッとさせておいたほうがいいよな」
サラフィネが黙ってうなずいた。
べつのだれかもうなずいたような気がするが、この場にはおれたち以外いない。
「では、始めましょう。ここに繋がる物語を」