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263話 勇者の休暇は終わった

「ごちそうさまでした。では、わたしは休みます」


 サラフィネは席を立ち、部屋を後にした。

 しばらく経っても戻ってこない様子からして、本当に寝たのだろう。


(マジかよ!?)


 まさか放置されるとは思いもしなかった。


「成生様もお休みになりますか?」


 うなずくしかないが、確認しておかなければならないことがある。


「おれって神界にいていいんですかね?」


 普通の人間には、神界の空気は毒だ、と聞いた覚えがある。


「詳しいことはわかりかねますが、サラフィネ様の様子からして、問題はないと判断してもよろしいかと存じます」


 いまいち安心できない物言いだが、おれも内心では同意している。

 もし仮に不都合があるならば、サラフィネは放置しない。

 そう思えるぐらいには、信頼している。


「んじゃ、おれも寝ようかな」


 眠くはないが、ベッドに横になるだけでも体は休まる。


「では、こちらにどうぞ」


 寝室に連れていかれるのだと思ったが、その前に洗面所に案内された。


(天使も歯磨くんだな)


 病気とは無縁な気がしていたが、きちんと罹患するのかもしれない。


(丁寧に磨いとくか)


 いつもより時間をかけた結果、清々しい気持ちでベッドに横になれた。

 目をつぶり……気づけば寝落ちしていた。



 ゆさゆさゆさ


 だれかがおれを揺すっている。


「もう朝なのか?」

「ええ。起きる時間です」

「あいよ」


 ベッドから起き上がり、サラフィネの横に立った。


「まずは身支度を整えてきてください」

「あいよ」

「朝食の希望はありますか?」


 洗面所に向かう背中から、そんな質問が飛んできた。


「旅館の和朝食もいいけど、洋食も捨てがたいな…………うん、アレだ。サラフィネに任せるよ」

「わかりました」



 洗面所には着替えも用意されていた。


(これでイケるけどな)


 などと思う気持ちもあるが、せっかくの好意を無下にする必要もない。


(毎度のことながら、着心地ハンパねえな)


 軽いのに、ピシッとノリも利いている。

 身も心も引き締まる感じだ。


「よし」


 身支度を終え、おれは洗面所を後にした。

 次いで案内された部屋には、煮干し系のいい匂いが漂っていた。


「朝からラーメンか」

「嫌なら、別の物の用意もできますよ」

「いや、イケる。大丈夫だ」


 とんこつなどのこってり系ならキツイが、目の前にあるのはあっさり系だ。


「いただきます」


 麺が伸びないうちに食べよう。


「おおっ!」


 まるで、いま配膳されたかのようなコシだ。

 極細麺はちょっと固めで、歯ごたえも申し分ない。

 小麦の香りもちゃんと感じる。


「くうぅ~」


 スープも絶品だ。

 煮干しやかつお節が中心の魚介系だが、コクのあるしょう油がパンチを効かせている。

 細切りなのに歯ごたえのあるメンマもすばらしい。

 半熟たまごや低温調理のレアチャーシューといった一手間もいい感じだ。


「いや、見事」


 地球なら行列店になること間違いなしだ。

 あっという間に食べ終わってしまった。


「おかわりしますか?」

「いや、もう十分」


 食べることは可能だが、朝は腹八分ぐらいがちょうどいい。


『ごちそうさまでした』


 サラフィネも完食したようだ。


「さて、食事も終えたことですから、この後のことを相談しましょう」

「その前にちょっといいか? おれが神界にいるのは問題ないんだよな」

「ええ。今の勇者なら問題ありません。ただ、数か月が限度です」

「その言いかただと、少し前のおれだと、数日もしくは数週間が限度だったのか?」

「その通りです。形式上、勇者は神に成る過程に身を置いているので、魂の修復が進行するたび、神界の空気にも適応しています」


 納得できる説明だ。

 ただ、疑問も残る。


「そこを超えるとどうなるんだよ」

「少しずつ毒素に侵され、最終的には死んでしまいます」


 猶予があるだけで、結果は変わらないらしい。


「その毒素って、異世界に行って帰ってきたら、リセットされるのか?」

「完全に無くなることはありませんが、ある程度の無効化はなされています」

「なるほど。んじゃ、魂の修復が成されるごとに、免疫ができるようなモノか」

「本質は微妙に違いますが、言い得て妙ですね」


 含みのある言いかただが、解釈としては間違っていないようだ。


「なら、この先のことは相談するまでもないだろ」

「よろしいのですか?」

「よろしいもなにも、いままで通り異世界に魂のカケラを探しに行く以外ないだろ」


 神界にとどまれば、いずれ死ぬしか道はない。

 それを避けるには、遅かれ早かれ行くしかないのだ。


「もちろんそうなのですが、もう少し休暇を楽しむという選択肢もありますよ」

「いいのかよ」

「ええ。一、二週間なら問題ありません」


 魅力的な提案だ。

 美味い物を喰って、寝たいときに寝る。

 そんな理想の生活が、二週間も満喫できるのは捨てがたい。

 けど、おれはかぶりを振った。


「そんな生活を味わったら、もう異世界で頑張れない」

「そうですか。それは残念です」


 珍しくサラフィネが肩を落としている。


「なんだよ。寂しいのか?」

「ええ。勇者が異世界に行けば、わたしの出番は終わってしまいますので」

「それが理由かよ」

「それ以外にありますか?」


 キョトンとする表情からは、まったく心当たりがないことが読み取れる。


「あっ!? もしかして、おれと一緒にいれないのが寂しいだろ、的なやつですか?」


 そんなことは微塵も思っていないが、ニヤニヤした表情で言われると腹が立つ。


「仕方ないですね。もう少し一緒にいてあげてもいいですよ」

「断る! そして、一刻も早く次の異世界に転移してくれ」

「わかりました。では、いきます」


 足元に魔法陣が生まれた。


「目的は大魔王討伐です。魂のカケラの回収はそのついでです」


 いつも通りの文言だ。


「今回はコレを持っていってください」


 違うのは、小さな布袋を渡されたこと。


「なんだよ? これ」

「ご武運を願っています」


 説明する気はないらしい。


「では、いってらっしゃい」


 魔法陣が輝き、おれは異世界に転移した。


ブックマーク、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
最終的にユウキ達がいた世界が、あの後にどうなったのかは分からないですが、若旦那や子供達が穏やかに暮らせていると良いですね。 綺麗に幕引きをして異世界を去って行ったので、爽やかな読後感を味わえました。 …
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