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262話 勇者にも別腹はある

「職場環境は最高だな」

「では、神に成りますか?」

「なりません」

「そうですか。では、何になります?」

「転生先ってことか?」


 土瓶蒸しを注いだお猪口をクイッとしながら、サラフィネがうなずいた。


「なんも考えてねえな」

「やりたいこともないんですか? 例えば、今のように勇者となって世界を救いたいとか、国王になって一国を私物化したいとか」


 土瓶蒸しの中のマツタケを口に放り込みながら、おれはかぶりを振った。

 生まれ変わった後もいまの延長線上のことをやるくらいなら、地球に舞い戻って平和に暮らしたい。

 国王になったところで、民や家臣のことを考えずやりたいように振舞い続ければ、暴君として討たれるだけだ。

 ある程度いい暮らしをするためには、国や民を富ませなければならず、あくせく働かねばならないだろう。


(面倒くせぇ!)


 考えただけで辟易する。


「マジでどっちも勘弁だな」

「では、再度地球に生まれますか?」

「それなんだけどよ、もしそれを選んだとしたら、どこに生まれるかも選択できるのか? たとえば、大金持ちの資産家で親バカの次男、とかよ」

「できなくはないですね」


 含みのある言いかたをするのだから、デメリットがあるのだろう。


「まあ、そんなことは望まねえけどな」

「そうなのですか? 生まれながらに勝ち組ですよ?」

「金のあるなしで勝ち負けが決まる世界に、興味はねえよ」


 言っておいてなんだが、地獄の沙汰も金次第。

 それはどこの世界にいっても、不変だろう。

 生きるには先立つ(モノ)は必要で、それがなければ打破できない状況はごまんとある。

 ITだって例外じゃない。

 知識は専門書で学ぶことはできても、実践できるとはかぎらないのだ。

 手にした専門書が間違っていることも少なくないし、それ以上に簡単に解決できる方法もあったりする。

 ただ、それを理解するには、実際にパソコンなどに触れ、たくさんの経験を積まなければならない。

 つまり、なにが言いたいかというと……


「資産家のもとに生まれるのもいいけど、努力でどうとでもなる世界にしてくれよ」


 ということだ。


「確約はできませんが、考慮します」


 その言葉だけで十分だ。


「ってか、いつからこんな話になったんだ?」


 考え事をしていたせいか、料理に集中できていない。

 正直、空になった土瓶蒸しと茶碗蒸しを食べた記憶があまりない。


「さんまの塩焼きください」


 おかわりしてもいいが、せっかくなら違うモノを味わいたい。


「わたしにもお願いします」

「どうぞ」


 焼きたてのさんまだ。

 料亭では大根おろしが小さく盛られているが、今回はべつ皿で使い放題。

 たっぷりの大根おろしにしょう油を垂らし、一口食べた。


「最高だな」

「同感です。ちなみにですが、先ほどの答えは。転生先はどうします? という質問から行き着いたモノです」

「ああ、そうだったな。でもよ、実際のところ、選んだところで意味あんのかよ? 記憶とか経験なんて、もっていけねえんだろ」


 二週目なんて、ゲームや小説の中だけだ。


「その通りですが、なりたい理想(じぶん)に近づくアドバンテージにはなりますよ」


 それはそうなのだろうが、意味がないのも事実だ。


(まあ、おれが意味がないと思うだけで、サラフィネにはあるんだろうけどな)


 目の前の女神はバカじゃない。

 この会話にも、意味があるのだろう。


「意味なんてありませんよ」

「えっ!? ウソッ!? ないの? って、勝手に思考を読まないでくれよ」

「わたしに他人の思考を読む能力はありません。ただ、物事を深読みする勇者なら、そう感じるだろうな、と推察しただけです」

「マジかよ。なんか壮大な前振りみたいな感じにしちゃってたじゃん」

「それは勇者のせいであって、わたしのせいではありません。わたしはただ、黙って食事をするより、会話しながらのほうが美味しいと思っただけです」

(なるほど)


 そう言われれば納得できる。

 家族やカップルが、食事中に次の大型連休どこいく? なんて話す感じだ。


「やっぱ世界一優雅なのは船旅だから、豪華客船の一等室で世界一周しようぜ」

「最高。夜の仮面舞踏会が待ち遠しいわ」


 そんな現実的には無理なプランだとしても、妄想の中ならどうとでもなる。


「生まれ変わるなら、ひとつなぎの財宝がある世界だな」

「空想世界は勘弁してください」

「いや、どこでもいいって言ったじゃねえか」

「わかりました。では、原稿の端に紛れ込む感じでもいいですか?」

「ダメだよ!」


 なんて、くだらない会話をするべきところを、おれが大真面目に受け答えしたせいで、面白くない感じになってしまった。


「反省だな。ということで、締めの蕎麦をお願いします」

「わたしにも」

「ざるやかけがよろしいですか? かきたまやとろろといった、一手間を加えることも可能ですが」

「ざるでお願いします」

「わたしは月見でお願いします」

「かしこまりました」


 これまたすぐに配膳された。

 盛りがよく、最後の一品にふさわしい。

 のどごしも最高だ。

 竜滅刀を受け取りに行ったところで喰った蕎麦も美味かったが、今回のほうが好みだ。


「ごちそうさまでした」


 あっという間に食べ終わった。

 満腹だ。


「葛餅と熱い緑茶をください」


 サラフィネは甘味までいくらしい。


「おれもお願いします」


 腹は一杯だが、後に続かせてもらおう。


「どうぞ」


 一口サイズの葛餅が並んでいる。

 きなこと蜜は別添え。


「頼んでよかった」


 間違いなく本葛粉を使用している。

 絶品だ。

 デザートは別腹というが、今日初めてそれを体感した。


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