261話 勇者は寝て起きて風呂に入って食事する
魂の修復は無事済んだ。
「ふああぁぁぁ」
安堵なのか、盛大なあくびがもれる。
「休みますか?」
おれは無言でうなずいた。
「ベッドは通路左に見える部屋に用意してありますので、ごゆっくりどうぞ」
「言っとくけど、寝てる間に転移するなよ」
「フリですか?」
「ちげぇよ」
「冗談ですから、ご安心ください」
よほどおれは辟易した表情を浮かべているのだろう。
サラフィネが苦笑している。
「信じるからな。裏切ったらただじゃおかねえぞ」
「わかりました。その際はいかなる処罰も受け入れます。ですから、どうぞ健やかにお休みください」
右手を上げ、おれは寝室に向かった。
「んんんん~」
上半身を起こし、大きく伸びをした。
久しぶりによく寝た気がする。
部屋の隅で控えていた天使が立ち上がり、おれのもとに歩み寄ってきた。
「おはようございます」
「あい。おはようございます」
「起床なさいますか? それとも、二度寝されますか?」
身体を横たえればもう一度眠ることは可能だが、無理して寝る必要はない。
「起きるよ」
おれはベッドから降りた。
「入浴と食事の準備も整っていますが、どうされますか?」
「あ~っ、じゃあ、入浴で」
「かしこまりました。こちらにどうぞ」
天使の後について移動する。
「この前と違う場所だよね?」
「前回の浴場は、サラフィネ様がご使用中です」
いまが何時なのかわからないが、だいぶ寝ていたのかもしれない。
(いや、ドロケイが仕事で、その汗を流してる可能性もあるよな)
そんな思考が頭をもたげるが、さすがにそれはない。
サラフィネは、やることはちゃんとやるタイプだ。
「ここです。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
おれは引き戸を開け、中に入った。
「きゃあああ! なぜ勇者が入ってくるのですか!?」
タオルで大事なところは隠しているが、脱衣所にサラフィネがいた。
……なんてことは起こらないし、起きてほしくもない。
「な、な、なんでお前がいるんだよ!? べ、べ、べつのところを使用してるはずだろ」
「ゆ、ゆ、勇者があちらを使う可能性を考慮したのです」
小さなボタンのかけ間違いで生まれるラッキースケベを喜ぶ者もいるだろうが、おれとサラフィネにかぎれば、先のやり取りは成立しない。
引き戸を開けた先にだれかがいれば、おれは無言で戸を閉める。
そして、浴場に案内した天使を捕まえる。
これはおれの無実を証明するためであり、折檻するためではない。
その先もなんやかんやあるだろうが……
「そういうことなら仕方ありませんね。ライオンに噛まれたと思ってあきらめましょう」
なんて感じで終わるはずだ。
「ふうう」
くだらない妄想の間に服を脱ぎ、掛け湯を浴びたおれは湯船に浸かった。
熱めのいい湯加減だ。
「いや~、最高だな」
大人が五~一〇人は余裕で入れるサイズの浴槽は、手足を存分に伸ばすことができる。
しかもそれを独り占めできているのだから、気分が悪くなるはずもない。
「入浴中に申し訳ありませんが、勇者よ、少しだけいいですか?」
浴室にサラフィネの声が響き渡った。
「いいけど、これって魔法か?」
「そのようなものです。認識としては、浴室とリビングで通話できる機械を想像してください」
「あいよ。でぇ、なんの用だよ」
「入浴後の食事についてです。なにかご要望はありますか?」
「そうだな……前の異世界では中華が多かったから、和食がいいな」
蕎麦や寿司などのさっぱり系がいい。
「わかりました。そのようにリクエストしておきます」
「おう。よろしく頼むわ」
「わたしはもう上がりますので、ごゆっくりどうぞ。ちなみに、お互いの映像は見えていないので、ご安心してください」
「あいよ」
正直そんな心配はしていないが、一応右手を上げて応えた。
(いや、見えてねえんだから、手を上げても意味ねえよな)
恥ずかしさをごまかすように、伸びをした。
「よし」
それで体温が上がったわけではないが、おれは湯船からあがり、身体を洗う。
シャンプー、コンディショナー、ボディソープなどの品揃えも豊富だ。
とはいえ、こだわりもないので、手前のモノを使用する。
最後にもう一度湯船で温まり、おれは浴室を後にした。
「ありがたい」
脱衣所に戻ると、前回同様キレイな服が用意されていた。
それをササッと着込み、脱衣所を後にする。
「こちらへどうぞ」
外で待機していた天使が、べつの部屋に案内してくれた。
広い空間に円卓と二つの椅子がある。
「お先にいただいています」
サラフィネが優雅にシャンパングラスを持ち上げた。
「それはかまわねえけど、アルコールも飲むんだな」
「これはジンジャーエールです」
「下戸なのか?」
「嗜むぐらいはしますが、好んでは口にしません」
「一緒だな。んじゃ、おれにも同じのをくれよ」
席に着くと同時に、天使がスッと給仕してくれた。
「ありがとう」
「食事はこの中からお選びください」
メニューを渡された。
蕎麦、寿司、天ぷら、とんかつ、などの王道から、たこ焼き、お好み焼き、焼きそば、茶碗蒸し、などのあったら嬉しい一品まで豊富な品揃えだ。
「じゃあ、この刺し盛りをお願いします」
「わたしの分もお願いします」
「かしこまりました」
すぐに提供された。
鮮度からして、作り置きではない。
マグロは赤身もあればトロもある。
白身や光物も極上だ。
昆布締めや酢締めもいい塩梅で申し分ない。
個人的には、好物の貝が豊富なのが最高だ。
ペロッと一皿いただいてしまった。
「貝盛りってできますか?」
「ただいまお持ちします」
豪勢だった。
量も多からず少なからずで、小腹を満たすには十分だ。
「次はどうするかな?」
ガツンといってもいいが、もう少しちまちま楽しみたい。
「わたしは茶碗蒸しと土瓶蒸しをください」
最高の二品だ。
「おれにもください」
「熱いのでご注意ください」
なにを頼んでも提供が素早い。
「マジで最高だな」
美味いものが注文と同時に配膳されるなど、神界以外ではありえない。
「神の職に就けば、いつでもその最高を堪能できますよ」
何気ない一言が、おれの琴線に触れた。