260話 勇者は忘れ物を持ち帰る
「それは……前回赴いた勇者が忘れてきたからです」
「はあっ!?」
「理解できないようですので、もう一度言いましょう。それは、前回赴いた勇者の忘れ物です」
「いや、言葉は理解できてるよ。理解できねえのは、なんで世界に一個しかない重要なアイテムを忘れてきたのか、ってことと、それに気づきながら放置していたことだよ」
「勇者は、あの世界をどう思いましたか?」
会話をぶった切る急な問いだが、意味のあることなのだろう。
「表面的にはすばらしいんじゃないか」
「意味深ですね」
「そんなんじゃねえよ。おれが触れたのは表層も表層だろうから、なんとも評せないだけだよ」
「では、質問を変えましょう。勇者がすばらしいと思ったのは、具体的にどこですか?」
「料理かな」
先の世界で食べたモノは、どれも絶品だった。
思い出しただけでも、よだれが出る。
「他にもありますよね?」
お気に召す答えじゃなかったようだ。
「後は……」
なにかあっただろうか。
(…………ダメだ)
全然思い浮かばない。
「なんかあったか?」
「ヒントは、魔族だけが使えたモノです」
あくまで教える気はないようだ。
(魔族だけが使えたモノ、か……あっ)
該当する答えがあった。
「映像を観せるアレか」
「正解です」
「たしかにアレは便利そうだったな。でも、それと忘れ物がどう繋がるんだよ」
「はるか昔ですが、あの世界には消滅の危機が訪れました」
「魔王か」
サラフィネがかぶりを振った。
「じゃあ、災害かなんかが起こったのか?」
「魔王が出現したのは間違いではありません。わたしが否定したのは、勇者が思い描く魔王の姿です」
「どういうことだよ」
「簡単なことです。勇者は今、魔王という言葉と先の異世界での経験から、魔族を思い浮かべているはずです」
その通りなので、おれはうなずいた。
「前回現れた魔王は、人類の代表でした」
「マジか!?」
「マジです。魔族に比べ知能指数の高かった人類は、善良な隣人を装って魔族の土地や財産を奪っていきました。上の者がそれらに気づいたときには、魔族の領土は半分以下になるほど、狡猾であり迅速でもありました」
暴力や嫌がらせ行為での地上げでなく、詐欺に近い犯行だったのだろう。
だからこそ、発見が遅れたわけだ。
「でもよ、それを治世者が許容するはずねえだろ」
「その通りです。そして、それこそが人類の目的でした」
「なるほど。戦争のきっかけが欲しかったわけだ」
サラフィネが深くうなずいた。
「まんまと垂らされたエサに食いついた魔族は、釣られて調理されたのか?」
「放っておけば、そうなったでしょうね」
「ってことは、放っておかなかったんだよな」
「ええ。当時の担当者は無慈悲に殺されていく魔族を不憫に思い、『勇者』という肩書を持たせた『天使』を、遣いに出しました」
勇者と天使を強調したのだから、意味があるのだろう。
「これは本来なら、越権行為とみなされる行為です。しかし、落とし物を取りに行く、という名目でグレーにしました」
「その落し物が、縄か」
「その通りです。代用の利く品であるなら、禁忌を破ってまで回収する必要はありませんからね」
「でもそれっておかしくねえか? 回収するはずのモノを忘れて、魔族の味方だけして帰ってきていいのかよ」
「詳細はわかりませんが、不問に付されたのですから、問題はないのでしょう」
納得いかない答えだ。
「気持ちはわかります。ルールは守るためにあるのであって、破るためにあるわけではありませんからね」
「そこまで言うつもりはねえよ」
「わかってます。あなたは自分の決めたルールは守りますが、他人が決めたルールは平気で破りますもんね」
皮肉やイヤミっぽく聞こえるが、決してそうではない。
サラフィネの言っていることは、紛れもない真実なのだ。
「多少の違反には目をつぶる。それを許容させるほど、当時の人類は非道なことをしていたのでしょう。ですが、今回との一番の違いは、当時の勇者は直接戦ってはいないということです」
一瞬首をひねったが、すぐに合点がいった。
「なるほど。ここで例の映像装置に繋がるのか」
「その通りです。ですが、勇者が伝えたのは映像装置の開発だけでなく、それらを含む魔道具の開発です」
「つまり、牛人鎧もその一つなわけだ」
「話が早くて助かります」
魔族領の技術が他国より一歩進んでいたのは、文字通り下地があったからなのだ。
「あのまま放っておけば、今度は逆のことが起きたでしょう」
魔族が人類を駆逐する未来は、想像に難くない。
「おれが相手じゃなければ、パーフェクト牛人鎧は無敵だったろうしな」
「わたしも同意見です。現地勇者であるユウキさんでは、力不足でしたからね」
やってみなくちゃわからない、とは言えない。
なぜなら、おれも同意見だから。
「これから先のことはわかりませんが、ユウキさんの成長ともども、あの世界が平和であることを望みます」
おれも同感だ。
「では、その縄をこちらにいただけますか」
「おうよ」
引き渡しを嫌がるようにおれの腕に巻きついたが、サラフィネが触れた瞬間、縄はあっさりと離れた。
「すみませんが、保管庫にしまっておいてください」
「かしこまりました」
急に現れた天使が縄をもっていなくなった。
「魂のカケラだけでなく、神界の忘れ物まで回収していただき、ありがとうございます」
サラフィネが頭を下げた。
「偶然の産物に感謝はいらねえよ」
「そうですか。では、魂の融合に移りましょう」
切り替えが早い。
感謝はいらないが、もう少しねぎらいがあってもいいはずだ。
「汝らの魂が一つになることを、女神サラフィネが許可する」
おれの足元に魔法陣が描かれた。
「リザレクション」