258話 勇者は弟子の成長を見届け、異世界を後にした
「貫くって……できるの?」
「できる!」
半信半疑のセリカと違い、ユウキは自信に満ちている。
いや、そう見えるように振舞っているのだろう。
「はあはあはあ」
実際は呼吸も浅く、額に浮かぶ汗の量も多い。
緊張している証拠だ。
自分の双肩に乗る仲間とリリィ姫の命の重さを痛感しているのだろう。
「大丈夫だから、胸を張れ」
おれの声は届かない。
けど、ユウキは背筋を伸ばした。
「それでいい」
全力でやってダメなら、ケツはおれがもってやる。
「レオに攻撃が通じないわけじゃないんだ。皮膚の下に隠した鎧が、そう思わせているだけだ」
ちゃんとそこにも気づいている。
「鎧を貫く攻撃を当てれば、俺たちの勝ちだ」
状況把握も正解だ。
「それができるなら、こんな苦労はしてねえだろ!」
レオが繰り出す連打を、ユウキとガイルが必死に捌く。
「オラオラオラ!」
加速する攻撃。
ユウキはかろうじて対処できているが、
「くっ」
ガイルには荷が重い。
徐々に体をかすめる頻度が上がっている。
このままなら、直撃を受けるのも時間の問題だ。
「マルチブースト」
エレンが施した身体向上をもってしても、一時しのぎにしかならない。
「ハッハッハ。無駄だ無駄!」
脳筋なレオは周りが見えていない。
「レーザーアロウ」
死角から放たれた魔法の矢を、避けることは不可能だ。
「やった……って、ウソだよ」
命中を喜ぶセリカだが、次の瞬間には落胆していた。
「オラオラオラオラ」
ダメージを受けた様子もなく、レオが攻撃を続けているからだ。
「おい、今度は肩に当ててくれ。コリがほぐれてちょうどいい」
「なっ!?」
バカにされ、セリカが再度魔法を放つ構えを取った。
「絶対に許さないんだから」
勢いのまま撃つのだろうと思ったが、深呼吸して気持ちを落ち着かせている。
弓道のことはよく知らないが、的に当てるには、撃つ前と撃った後まで大事、となにかの漫画で読んだ。
背筋を伸ばし、地面と平行に構えた矢尻は、真っ直ぐにレオに向けられている。
凛々しい立ち姿は、立派な射手だ。
「ふううううう、はあああああ」
深呼吸を繰り返すたび、矢に込められた魔素が濃くなっていく。
「なんだ。やればできるんじゃねえか。その威力なら、腰に当ててくれ。ダッチワイフ相手に振りすぎたせいか、イテェんだよ」
あざけるレオに心を乱すことなく、セリカは集中している。
「貴様! この期に及んでまだ姫様を愚弄するか」
ガイルは憤るが、絶え間ない攻撃を凌ぐので手一杯だ。
ただ、セリカに注意しているせいか、レオの攻撃は勢いを落としている。
ユウキなら、その隙をつくことは可能だ。
(んん!?)
鏡越しでよくわからないが、ユウキは体内でなにを練ってるような溜めているような気配がある。
必殺の一撃に備えているようだ。
「いくよ。エクストリームレーザーアロウ!」
特大の矢が射出された瞬間、鏡越しにも大気が震えたのがわかった。
ズドン!
離れたおれにも聞こえる轟音が響き渡る。
「ぐあっ」
その威力は予想外だったのか、レオは苦痛に顔を歪めている。
ただ、致命傷ではない。
背中の肉がえぐれ、むき出しになった牛人鎧が割れていないのが、その証拠である。
「ホーリーアロウ」
追い打ちをかけるエレン。
「ぐああっ」
牛人鎧にヒビが入り、レオの表情がさらに歪む。
「レーザーアロウ」
「ホーリーアロウ」
「チッ。調子に乗るんじゃねえ!」
間髪入れず迫る魔法の矢を、レオが上半身を捻りながら手で振り払った。
「くらえ!」
自分に背中が向いたことを見逃さず、ガイルが大剣の一撃をヒットさせた。
「ぐあああああっ」
牛人鎧を砕くことに成功したのと同時に、レオがヒザをついた。
『ユウキ!』
「今だよ」
「今です」
「今だ」
セリカ、エレン、ガイルが作った千載一遇のチャンス。
「チッ」
レオも唇を噛んでいる。
(決まったな)
おれも勝ちを確信した。
けど、その瞬間は訪れなかった。
ユウキが微動だにしなかったのだ。
「ハハッ。ラッキーだな」
立ち上がったレオが、大きく飛び退いた。
『そんな……』
回復する牛人鎧を目の当たりにし、おぜん立てをした三人が肩を落とす。
「ハッハッハ。信じたリーダーが馬鹿だったな」
…………
三人は唇を噛み、言い返すことができなかった。
ただ、肯定はしていない。
理由があるはずと、信じているのだろう。
「みんなゴメン。レオの言う通り、俺は馬鹿だ」
「ハッハッハ。あっさり認めやがった」
「勝ち方にこだわる場面じゃないのは理解しているけど、ここだけは譲れないんだ!」
「勝ち方だぁ!? てめえが見せるのは負け方しかねえだろ」
「じゃないと、一生師匠を追い越せない!」
ユウキの耳に、レオの言葉は届いていない。
ただひたすら、真っ直ぐに目標を捉えている。
「いくぞ!」
目標に向かって地を蹴った。
「竜牙突閃!」
体内で錬成した気を爆発させ、いままでにない加速を生み出している。
剣とユウキが一体となった、凄まじい一撃だ。
「小癪な!」
レオが拳で迎え撃つが、激突した瞬間に雌雄は決した。
牛人鎧ともども、すべてを砕いたユウキの勝ちだ。
「ははっ。すげえな」
地面が揺れている。
この技が直撃すれば、おれも無事では済まないだろう。
「もう卒業でいいな」
元からなかったが、教えてやれることは完全になくなった。
鏡から目を離したおれは、アズールのそばに落ちていたネックレスを拾う。
「おおっ!?」
身体が透け始めた。
「これがそうだったのか」
気になった理由は、ネックレスが魂のカケラだったからだ。
「ちょうどいいな」
無責任極まりないが、この世界からいなくなれるのは好都合である。
「戦後処理は、この世界の住人でやるべきだもんな」
おれがいれば、どうしたっておれの意見が強くなる。
そうなるよりは、多少モメながらでも、当事者同士で折り合いをつけたほうがいい。
「んじゃ、後はよろしく」
その言葉を最後に、おれの姿は完全に消えた。