257話 勇者は勝ち、弟子にエールを送る
「でりゃ」
竜滅刀でパーフェクト牛人鎧の足を斬ろうとしたが、叶わなかった。
表面の薄皮に刃は通るが、その先に進めない。
「くっくっく。残念だったな」
アズールはほら見たことか、と言わんばかりの口調だ。
「己が無力を嘆くんだな」
叩き潰すように腕を振り下ろしてくる。
おれとしては想定通りなので、なんの問題もなく身をひねって躱した。
「よっ」
その際に振るった竜滅刀が、パーフェクト牛人鎧の腕を切り落とした。
「ここはイケんだよな」
「無駄なことを」
即座に生えた腕で攻撃してくるのだから、その言葉は間違っていない。
けど、これは大切な確認でもある。
アズールも認めるように、パーフェクト牛人鎧は皮膚の下に鎧を隠している。
にもかかわらず、腕がその範疇でないのはなぜか。
答えは一つしかない。
「腕は守る必要がないんだよな」
替えが利くということもあるだろうが、一番の理由は、斬られても問題がないからだ。
死肉の塊だから痛覚もない。
斬られたところで痛くも痒くもないのだから、気にするほうがどうかしている。
もし難点があるとするならば、回復に魔素を消耗するぐらいだろう。
(まあ、微々たる量でそれすら問題にならねえ可能性もあるけどな)
「オラ! オラ! オラ!」
余裕の感じからして、そうなのだろう。
「じゃあ、どこなら問題が生じるんだろうな?」
訊いておいてなんだが、この答えも一つしかない。
「パーフェクト牛人鎧に守られている場所……だよな」
頭、胴体、脚といった、竜滅刀で斬れなかった箇所である。
「そこにお前はいるんだよな」
文字通り、鎧で守られているわけだ。
腕が斬れるのは、そこにアズールがいないから。
「それを理解したとて、どうなるものでもなかろう」
これもあっさり認めた。
よほど自信があるようだ。
「パーフェクト牛人鎧って言うけどよ。腕が斬り落とせる時点で、パーフェクトじゃねえよな?」
「では、これなら文句はないか?」
左右の腕が二本ずつ増え、合計六本になった。
(おおっ!? リアルアシュ●マンだ!)
六つの腕がそれぞれの意思をもって動く様は感動を覚える。
けど、おれが言いたいことはそうじゃない。
「斬り落とせる時点で、パーフェクトじゃねえんだよ」
「それを負け犬の遠吠えというのだ!」
「ワン! ワン!」
鳴きながら放った風波斬が、左右六本の腕を斬り飛ばす。
「まだわからんか! 無駄だと言っておろう」
その通りだが、これにだって意味はある。
たしかに腕は次々と生え変わっているが、その過程でアズールは斬られた腕を回収しているのだ。
それはつまり、死肉の塊を増やすことはできない、ということであると同時に、回収しなければならない理由もある、ということだ。
その理由は、パーフェクト牛人鎧にある。
「ずいぶん重いんだな」
…………
お得意の無視だ。
(っていうか、わかりやすいヤツだな)
宰相としてはどうかと思うが、自分の作ったモノにそれだけの自負があるのだろう。
(まあ、わからないでもねえけどな)
自分の技術を誇りたい時期はだれにでもある。
おれだって例外じゃない。
駆け出しを超えて一人前になった気がしていたころ、イキがっていたのも事実だ。
(ただ、上には上がいるんだよな)
とあるゲームのプログラミングの仕事を請け負った際の上司が、化け物だった。
おれが一日かけてやる仕事を小一時間で片づけ、さりげなく部下のヘルプまでこなす姿には、戦慄を覚えた。
(いや~、アレは衝撃的だったよな)
あれから結構な時間が経ち、スキルアップした自負はあるが、到底追いつけたとは思えない。
それぐらい見ている景色に差があった。
「技術的なことはわかんねえけどよ。パーフェクト牛人鎧って、集積した牛人鎧をギュッと一枚板のように加工してんだろ。となれば、当然重いよな。その問題を解決するのが、死肉から集めた筋肉なんだよな」
パーフェクト牛人鎧と同様に死肉の筋肉も一つにできれば、どれほど重かろうが動かすのに苦はない。
「合わせた数と筋肉が少ないから、レオが装着しているのは準パーフェクト牛人鎧なんだよな」
「うるさい! 知ったような口を叩くな!」
激ギレだ。
「自分の現在地を正しく認識しとかねえから、ダメなんだよ」
「貴様より強いという現在地を見せてやる」
「それはこっちのセリフだよ」
おれは跳び上がった。
「殲魔斬!」
振り下ろした竜滅刀が、パーフェクト牛人鎧ともども、アズールを真っ二つにした。
「馬、馬鹿な!? こ、こんなことが……」
どれほど硬かろうが、それを超える力の前ではどうにもならない。
おれが示したのは、そんな単純なことである。
「ユウキ、お前にもできるから、やってみせろよ」
声は届いていない。
それでもユウキは、
「俺が貫いてみせる!」
そう言って剣を構えるのだった。