25話 勇者の償い
連れてこられた村は、前の村と大差がなかった。
森の中にある寒村。
それがおれの第一印象だ。
家も丸太を組んだログハウス……と言いたいところだが、実際には建設効率を重視した結果、この形になったのだと思う。
(ん~)
収穫した後かもしれないが、畑も実りが少ない。
(裕福ではないのは、一目瞭然だな)
村人たちが着ている服も、ほつれや破れが目立つ。
けど、痩せこけている者はいなかった。
老若男女問わず、みな健康そうだ。
こと成人の男衆にかぎってみれば、総じて筋肉質でガタイがいい。
なぜそんなことがわかるのか……
答えは簡単だ。
多くの村民が広場に集まっていて、全員がおれとベイルをにらんでいる。
敵愾心を隠そうという感じは、微塵もない。
「村長、どうでしたか?」
「ダメだった」
一際ガタイのいい兄ちゃんの質問に、禿げたおじさんはかぶりを振った。
(そうか。この人が村長なのか)
心の中とはいえ、禿げたおじさんと呼んでいい人じゃなかった。
(これからは、村長と呼ぼう)
そう誓ったおれを、ガタイのいい兄ちゃんが険しい顔でにらむ。
「全損ですか?」
質問は村長にむけられているが、視線はおれとベイルにむけられている。
それは一段と凄みを増し、いまにも飛びかかってきそうな勢いだ。
「ああ。このバカ野郎どもに、斬り倒されちまった」
村人が総じて表情を強張らせた。
「ううううううう」
「終わりだ」
「どうしてくれんだ! この野郎!」
泣き出したり悲嘆にくれる者が大半だが、おれやベイルに石を投げつける者も少なからずいた。
こうなれば、嫌でも理解せざるをえない。
おれたちは、とんでもないことをしたようだ。
「皆の怒りは当然だが、まずは村長として、こいつらと話をさせてくれ」
村長が頭を下げたことで、石を投げていた者の手が止まった。
信頼の厚い証拠だ。
「こっちだ。ついてこい! バカ野郎」
村長と一緒に、おれたちは村で一番大きな家に入った。
玄関を入ってすぐに四人掛けのテーブルがあり、上座に村長、下座におれとベイルが並んで腰かける。
「なにか飲むか?」
「いただけるなら、頂戴します」
おれは丁寧に頭を下げた。
先ほどの行動に感じ入るものがあり、こちらも誠意を見せるべきだと思ったからだ。
「ワァーン。客人にお茶を入れてくれ」
「お待たせしました」
すでに用意されていたのだろう。
すぐにお茶が運ばれ、それぞれの前に置かれた。
「おかわりが入用でしたら、お声がけください」
「待ちなさい。ワァーン。お前も座りなさい」
一礼して下がろうとした少女を、村長が呼び止めた。
「えっ!?」
セミロングの髪と同じ栗色の瞳を見開き、ワァーンと呼ばれた少女は驚きの表情を見せる。
「これから話すことは、お前も知っておいたほうがいい」
「私が……ですか?」
無言でうなずく村長を見て、ワァーンは大人しく着席した。
感じからして、ワァーンは村長の娘……だと思う。
「まずはそれでのどを潤せ。話はそれからだ」
『いただきます』
村長の勧めもあり、おれとベイルはそろってお茶に口をつけた。
水のようなものを想像していたが、出されたお茶は粘度が高かった。
印象としては、濃い飲むヨーグルトに近い。
けど、味はあっさりだ。
がぶがぶとは飲めないが、渇いたのどにはありがたい。
「あっ」
変化は一瞬だった。
体が熱い。
のどから胃にかけて、焼けるようだ。
「くううぅ」
血液や胃酸といったすべての体液が、煮立つような感覚に苛まれる。
「があうぅっ」
ベイルも苦痛に顔を歪めていた。
(毒か?)
村人たちの敵意を考えれば、十分にある話だ。
(ヤバイ!)
けど、どうすることもできない。
(最悪、死ぬかもしんねえな)
その可能性が脳裏をよぎるほど、辛い。
「ああ!! ……ああ!?」
膝をつきのたうち回ろうかという一歩手前で、辛さが消えた。
体内に広がっていた熱さも収まった。
(マジかよ!?)
急速に体力が回復していく……ような気がする。
「それが、お前らが斬り倒したご神木より授かる、聖神の実から作られるお茶だ」
(なるほど)
村長の言いたいことは、すぐに理解できた。
村人たちにやせ細った者がいなかった原因が、このお茶なのだ。
少量で疲労を回復してくれるなら、これほどありがたいものはないし、売ればどれ程の利益を生むかも、想像に難くない。
村のご神木として崇められるのも、うなずける。
どうやら……おれたちはとんでもないことをしてしまったようだ。
「理解したみてえだな、バカ野郎」
『はい。申し訳ありませんでした』
おれとベイルは、揃って頭を下げた。
「素直に謝れるのはいいことだ。少しは見込みがありそうじゃねえか。バカ野郎」
笑みを浮かべてはいるが、村長の表情は厳しいままだ。
「わかってるとは思うが、お前らには責任を取ってもらう」
(当然だな)
「なんでも言ってください」
ベイルも同じ気持ちのようだ。
「お前らには、災厄を取り払ってもらう」
『グルアアアアア』
村長の声をかき消すように、複数の咆哮が聞こえた。
(これか)
因果はわからないが、ご神木を倒したことと、モンスターの襲来には結びつきがあるのだろう。
「あいつらを倒せばいいんですね」
いち早くベイルが立ち上がり、外に飛び出していった。
「待て。バカ野郎。そんなことは望んでねえ」
おれも続こうとしたが、村長の言葉で思い止まった。
「どういうことです?」
「どうもこうもねえ。あんな雑魚どもは、村の男衆でどうとでもなんだ。バカ野郎」
窓から見れば、すでに戦闘は始まっている。
「でりゃあ!」
「そりゃ!」
「せりゃ!」
村長の発言通り、村の男衆はモンスターと善戦している。
それでも、一太刀で二、三匹のモンスターを屠れるベイルの参戦はありがたいはずだ。
けど、村長はそれを望んでいない。
ということは……
「なにをすればいいんですか?」
村長が深い笑みを浮かべた。
「あのバカ野郎より、お前のほうが利口らしいな」
「変わりませんよ。おれもご神木を斬り倒したバカ野郎、ですからね」
「その減らず口もいいじゃねえか。そうだ。お前もご神木を斬ったバカ野郎だ。だから、ワァーンを連れて他の村へ行け! いますぐだ」
「抱えていいかな?」
「えっ!? ええ!」
一瞬戸惑いながらも、ワァーンがうなずいた。
この子も聡明だ。
おれはワァーンに近づき、お姫様抱っこの要領で持ち上げた。
「父親の前でいい度胸じゃねえか! 本来ならぶっ飛ばしてやるとこだが、今は時間が惜しい! さっさと行け! バカ野郎」
村長の声を背に、おれは外に出た。