256話 勇者は勝ちを確信する
パーフェクト牛人鎧は火に弱い。
アズールは肯定も否定もしないが、まず間違いなく当たっている。
「牛人鎧って、大半が死体だもんな」
焼けばなくなるのは必然であり、摂理なのだ。
…………
無視が続いている。
(べつに寂しくなんてないんだからね)
ツンデレチャンスだったので、心の中でつぶやいておいた。
「それは違うぞ」
おれもなんか違うな、と思っていたから同感だ。
けど、アズールが言いたいことはそれじゃない。
「パーフェクト牛人鎧に、弱点など存在はせん」
まがりなりにもパーフェクトを謳っているのだから、おいそれと認めることが出来ないのだろう。
が、それはおれも同じなのだ。
弱点がないと、認めることはできない。
「じゃあ、なんで逃げたんだよ」
「我にその認識はない。すべては貴様の戯言だ」
「ファイヤーアロウ!」
炎の矢を放ったが、当たると同時に霧散した。
結果だけをみれば、アズールの言葉が証明された形である。
非常に残念ではあるが、あきらめるのはまだ早い。
「ファイヤーアロウ! ファイヤーアロウ! ファイヤーボール!」
三連射。
しかも最後は、特大の火球をかましてやった。
ゴウッと火柱が立ち昇る。
「言ったはずだ。パーフェクト牛人鎧に、弱点など存在せん、とな」
アズールは余裕の体だが、やはり火属性の攻撃に弱いのは間違いないようだ。
おれの火魔法三連発に、焦ったり動いたりする様子はなかったが、対処しなかったわけでもない。
「防御魔法も性能のうちなのか?」
火魔法が当たる直前、パーフェクト牛人鎧は濃い魔素に包まれた。
電光石火で見逃す者もいただろうが、おれはこの目でたしかに見た。
…………
また無視だ。
「なにも言えないのは、言い訳を考えているからか?」
被害があるから防ぐ。
裏を返せば、防がなければ被害がでるのだ。
なんの害もないなら、それこそ微動だにしないことも可能だろう。
(むしろ、そのほうが性能を誇示できるもんな)
泰然自若として構えていたほうが、インパクトは強い。
「やらせるか!」
おれとアズールが黙ったせいもあり、ユウキの助けに入るガイルの叫びがよく聞こえた。
「ぜりゃああ!」
気合いとともに繰り出した一撃が、ユウキに振り下ろされた拳を弾き飛ばす。
「ホーリーアロウ!」
「サンダーアロウ!」
「チッ。邪魔くせえ!」
魔法を避けるようにレオが飛び退った。
「みんな、ありがとう」
「気にするな」
「ガイルの言う通りです。この戦いは、全員が一丸とならなければ勝てません」
「大丈夫! 力を合わせれば、ボクらなら絶対勝てる!」
立ち上がったユウキを、ガイル、エレン、セリカが支える。
勇者パーティーの見本のような立ち振る舞いだ。
「すばらしいな。だが、あいつらではレオには勝てん」
おれと同様、アズールも鏡を見ていたようだ。
「その根拠は?」
「我の物より劣るが、レオも牛人鎧を身につけておる。名づけるなら、準パーフェクト牛人鎧だな」
それは意外だった。
鏡越しではあるが、見た感じレオは鎧を着ておらず、フォーマルスーツに身を包んでいる。
(アレが鎧なのか?)
戦場の風にヒラヒラはためく布を、そう呼ぶことは不可能だ。
(ってことは……)
どこかに隠しているか、見えない細工が施されているのだろう。
「竜牙閃!」
「無駄だ!」
ユウキの放った斬撃を爪で引き裂き、レオが突進する。
「てめえらを殺せば、さぞいい素材になるだろうな。勇者にいたっては、ミノタウロス以上だ!」
「何度も言わせるな! 魔王なんぞにやらせはせん!」
レオの攻撃をガイルが受け止め、
「ボクらの勇者は、魔族に負けたりしない!」
セリカが魔法で牽制する。
「そしてそれをお手伝いすることが、私たちの使命なのです。マルチブースト」
エレンの補助魔法がユウキに施された。
「くらえ! 竜牙突!」
パーティーの想いを背負い、ユウキの渾身の一撃が炸裂した。
「ぐあっ」
レオは一瞬顔を歪めたが、傷は浅い。
皮膚を少し裂いただけで、剣先がそれ以上奥に進むことがなかった。
「くっ。ユウキの必殺技でも駄目なのか!?」
「あきらめるな! 大丈夫だ!」
唇を噛むガイルに、ユウキが笑顔を見せる。
苦笑ではなく、晴れやかな笑みだ。
「馬鹿がっ! 油断してんじゃねえ」
レオの一撃を飛び退いて躱す様子からも、それが虚勢ではないと感じさせる。
「ユウキよ。そうは言うが……攻撃が通らないのでは……」
いかんともしがたい。
ガイルのそれは至極真っ当な意見だが、正しい認識ではない。
「大丈夫だ。あの防御力の正体は掴めた!」
ユウキは見逃さなかったようだ。
レオの皮膚の下に埋まった鎧を。
「パーフェクト牛人鎧っていうのは、その体の中にある鎧のことなんだな」
「その通りだ」
あっさり認める度量はあるらしい。
(まあ、それぐらい自信があるんだろうな)
抜群の強度は間違いないが、それを裏付けるもう一つの要素がある。
「お前の鎧は、使っている素材の量がケタ違いだもんな」
死んだ兵士やミノタウロスが身につけていたすべての武器防具が結集された逸品なのだ。
誇るのも当然だし、レオが身につけている牛人鎧と一線を画すのも当たり前だろう。
「それを理解したなら、我に勝てぬことも理解したであろう」
「んなこたねえよ。この勝負はおれが勝つことはあっても、負けることはねえんだからよ」
「戯言を」
「んじゃ、証明してやるよ」
おれは竜滅刀を握り直した。