253話 勇者は勇者の戦いを観る
「いいだろう。我が相手をしてやろう……がその前に、少しだけ余興を楽しまないか?」
アズールが空中に浮かぶ鏡を指さした。
そこにはユウキたちが映っており、目的の城に迫っている。
「ホーリーショット」
「アイスショット」
エレンとセリカによる露払いも完璧だ。
順調な足取りを見せたいわけではないだろうから、この後なにか起こるのだろう。
ゴロゴロピシャーン!
いきなりの落雷にビクッとなった。
ガイルたちが乗る馬も驚き、急停止するほどの騒音である。
「まさか、この魔王がはずれを引かされるとはな」
ガッカリした口調とともに、レオが現れた。
その足元には、力なく横たわる女性がいる。
たぶんリリィ姫なのだろうが、顔が見えないため断言はできない。
「姫!」
「リリィ!」
「姫様!」
ガイル、エレン、セリカの呼びかけに、女性の体がピクッと反応した。
(うん。間違いなさそうだな)
横たわる女性はリリィ姫だ。
「あ~あ。くそつまんねえ結果になっちまったな」
ボリボリ頭をかく姿は、少し前に見た紳士的な姿とかけ離れている。
「こんな雑魚じゃ、暇つぶしにもならねえぞ」
口調もだいぶ悪い。
「貴殿は本当に魔王レオ殿なのですか?」
ガイルからは他国の要人に対する配慮を感じる。
「初めに魔王と名乗ったはずだぞ。薄ら馬鹿」
親指を下に向けるレオに、ガイルが目尻を吊り上げた。
そのジェスチャーが地球と同じ意味なのかは不明だが、リアクションからしていい表現ではないのだろう。
「くっくっく。馬鹿は馬鹿でも、最低限の知能は持ち合わせているんだな」
「貴様!」
顔を真っ赤にするガイルの憤りが伝わる。
いまにも飛び掛かっていきそうだが、
「ダメだよ!」
「いけません!」
セリカとエレンがストップをかける。
「なんだ? やらねえのか? この腰抜けどもが!」
あきらかな挑発だ。
我慢の限界が近いのか、ガイルが御者台から降りる。
同調するエレンとセリカにも、それは言えることだろう。
「おっ!? やる気か!?」
「その前に一つ答えてもらおう。足元の女性は我が国のリリィ姫で相違ないな!?」
「違うぞ。これは魔王専用のダッチワイフだ」
三人がキレたのがわかった。
「これ以上の愚弄は許さん!」
「ホーリーアロウ!」
「アイスアロウ!」
ガイルが大剣を手に突っ込み、エレンとセリカが援護射撃をする。
「馬鹿が! てめえらごときが相手になる存在じゃねえぞ」
右手で大剣を弾いたレオが、左ストレートをガイルの顔面に叩き込んだ。
魔法はどうするのかと思ったが、どうもしない。
直撃を受けても問題なく、ピンピンしている。
「嘘だ」
「信じられません」
セリカとエレンは事態を受け止められずにいる。
「くそっ」
後方に弾き飛ばされたガイルが立ち上がったが、鼻から溢れ出る血で顔の下半分が真っ赤に染まっている。
一手交わしただけだが、どちらが有利かは一目瞭然だ。
「楽しい映像じゃねえな」
お前が言うな、と指摘されるかもしれないが、だれかが一方的に殴られるのは気持ちのいいモノじゃない。
「ただ、これくらいはっきりしていたほうが、状況は理解しやすい」
その通りではあるが、観せられている映像と、おれの現状はリンクしていない。
(っていうか、まるっきり反対だよな)
アズール側の兵士は軒並みいなくなり、残すは大将だけなのだ。
「我は無益な殺生は好まん」
「あいつらを見逃してやるから、お前のことも見逃せって話か?」
「違う。あいつらを見逃してやる代わりに、お前が我が軍門に下るのだ」
「断る!」
「あいつらが死ぬぞ」
ガイルたちはいまも必死に戦っている。
連携の妙もあり、時折クリーンヒットも生まれていたが、与えるダメージは皆無に等しく、レオは一滴の血はおろか、汗すら流していない。
対照的に、ガイルは傷だらけだ。
肩で息をし、いたるところを血で染めている。
状況的に劣勢であるのは間違いないが、勝敗が決まったわけじゃない。
「はあぁ~、つまんねえな。勇者の仲間がこの程度って、ありえねえだろ」
レオはこれ見よがしに深いため息を吐き、肩を落としている。
「まだ終わりじゃないぞ!」
「ホーリーアロウ!」
「ファイヤーアロウ!」
「てめらじゃ相手にならねえんだよ! いつになったら理解できんだ!」
ガイル、エレン、セリカは勇敢に立ち向かっているが、レオの言う通りだ。
それでも彼らがあきらめないのは、希望があるからだろう。
ガタッ
馬車から音がした。
『ユウキ!』
三人の声が重なる。
しかしそれは、馬が動いたことで生じた音であって、待ち人のモノではなかった。
「残念だったな」
ガイルにレオの拳が振り下ろされる。
直撃すれば、致命傷になるだろう。
けど、ガイルは動かなかった。
「竜牙突!」
馬車からユウキが出てくることを信じていたからかは定かでないが、それはたしかに実現した。
ユウキの一撃がレオの拳を弾き飛ばす。
「ちっ」
「ガイル、リリィ様を安全な場所にお連れするんだ」
舌打ちするレオから目をそらさず、ユウキが指示を出す。
「だが、姫はもう……」
「どんな状態でも生きているなら大丈夫だ。穢れてなんかいるものか!」
強く言い切るユウキは、心からそう信じている。
「なにも変わらない。攫われたリリィ様を連れ帰るのが、俺たちの役目だ」
揺るがない信念を感じさせる。
そしてそれは、折れかかっていた三人の心を持ち直させた。
ガイルがリリィ姫を抱き上げ、馬車に寝かせた。
壁は壊されているが、その辺に置いておくよりは安全だろう。
「連れ帰れると思ってんのか?」
「当たり前だ!」
「無理だね。お前らは魔王に殺されんだからな」
「反対だ。俺たちが魔王を倒すんだ!」
ユウキに呼応するように、カイル、エレン、セリカが身構えた。