表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

252/339

249話 勇者はドラマのような映像を見る

「これがその答えになるでしょう」


 アズールが懐から取り出したのは、質素なネックレスだった。

 リリィ姫の首にかけられていたモノで間違いない。


「なっ!? なぜそれがここにあるんだ!?」


 ユウキの動揺も理解できる。

 アレが本物だとしたら、リリィ姫は無事ではない。

 カブレェラ王もあのネックレスはリリィ姫の宝物だと認めていたし、本人にも外す気はなかった。

 それがいまアズールの手中にあるのだから、意識を失った際に外されたか、殺されたかのどちらかだ。


(まあ、裏切った可能性もあるけどな)


 ワガママ三昧に贅沢三昧ができるなら、身の置き所は関係ない。

 リリィ姫は知らないが、そう考える者がいても不思議じゃない。


「ひ、姫様は無事なのか!?」


 素直なユウキは前者の考えしかないようだ。

 明らかに狼狽して、集中できていない。


「もらった!」


 そのチャンスを、ガイルは見逃さなかった。


「あっ!?」


 ユウキが気づいたときには、振り下ろされた大剣が目前に迫っている。


「あせんなよ」


 レーザーショットにも満たない魔力玉をぶつけ、大剣の軌道をズラした。


「ちっ」


 ガイルは舌打ちしたが、どこかほっとしたような表情にも見える。

 覚悟は決めたが、葛藤がないわけではないらしい。


「師匠、助かりました。ありがとうございます」

「礼はいいよ。それより、王城に行ってリリィ姫の安否を確認してこい」

「はっ。あなたは馬鹿なのですか? これがその答えだと教えて差し上げたではないですか」


 鼻で笑うアズールが、ネックレスを揺らす。


「じゃあ、はっきりと教えてくれよ。リリィ姫は生きてるのか? それとも、死んでいるのか?」


 …………


「死にました」


 なにも言わないのかと思ったが、アズールは胸の前で祈りながらそう告げた。


「不慮の事故みたいな雰囲気だな」

「その通りです。彼女の死因は自殺ですので」


 衝撃発言だ。

 あまりのインパクトに、ガイルなど大剣を落としてしまった。


「もうちょっと詳しく教えてくれよ」

「口で説明するより、こちらを見ていただいたほうがいいでしょう」


 アズールが空中に大きな鏡を出現させた。

 そこには空飛ぶ魔物に抱えられ、連れ去られるリリィ姫の姿が映し出されていた。


「放せ! 無礼者!」

「うるせえぞ! てめえはこれから犯されて、魔族の子を産むんだよ」

「ふざけるな! 誰がお前たちのような穢れた種族と交わるものか」

「カッカッカッ。ギャアギャア言えんのも今のうちだ。すぐに喘ぎに変えてやる」


 魔物の手がリリィの胸を弄った。


「やめろ! この痴れ者が!」


 気丈に叫んでいるが、リリィの目からは大粒の涙がこぼれている。


「やめていいのか? 俺様が手を放したら、お前は死ぬぞ」


 その通りだ。

 いまの状況でそれを実行されたら、リリィ姫は地面に叩きつけられて死ぬしかない。


「くっ」


 それを理解しているから、下唇を噛むのだろう。


『リリィ姫』


 ユウキ、ガイル、セリカ、エレンも唇を噛んでいる。

 ワガママであろうと、長年仕えてきた者に対する思いは強いようだ。


「カッカッカ。俺様のアジトが見えてきたぞ」


 木の上にある鳥の巣のようなモノがそうなのだろう。

 周囲を隔てるモノもなければ、ベッドのようなモノもない。

 獣のように犯される未来を想像したのか、リリィの顔が急速に青ざめていく。


「カッカッカッ。いい表情になってきたじゃねえか」


 ユウキ。

 声にはならなかったが、リリィ姫の口元はたしかに勇者の名を呼んでいた。


「カ~ッカッカッ、カッ!?」


 高笑いをあげる魔物の首が飛んだ。

 噴き出す血と落下する身体。

 運よく巣に着陸したが、なにが起こったのか理解できないリリィは目をしばたかせている。

 …………


「いやぁぁぁぁぁぁ」


 自分の顔を染めるモノが魔物の血であることを解し、リリィが絶叫した。


「いやぁぁぁぁぁぁ、いやぁぁぁぁぁ、いやぁぁぁぁぁぁ」


 かぶりを振り、魔物を突き落とし、藁で顔を拭く。

 その姿はパニック以外のなにものでもなく、巣から落ちるのは時間の問題だ。


(転落死か)


 おれの予想通り、リリィ姫は巣から転げ落ちた。

 しかし、死んではいない。

 颯爽と現れた魔人が、お姫様抱っこで受け止めたのだ。


「いやぁぁぁぁぁぁ」

「落ち着いてください。私です。レオです」


 優しい声と微笑みに、リリィ姫の定まらなかった視線と荒かった呼吸が整っていく。


「大丈夫ですか?」

「あ、あなたは……魔王様!?」


 いきなりとんでもない大物が現れた。


「マジかよ!?」

「ええ。私は魔族領の王であるレオです」


 おれに応えたわけではないが、鏡に映るのは正真正銘の魔王のようだ。


「帰国の途につかれたリリィ姫様が、こんなところでどうされたのですか?」

「あたし……いえ、わたくしはこの魔物に攫われ、ここまで連れてこられたのです」

「なんと!? それは我が国の者が失礼を働きました。今すぐお帰りの足を用意させます」

「それはなりません」

「アズール。なせだ!?」


 急に現れたアズールに、レオが詰め寄った。


「つい先ほど我が国とフレア王国は開戦する運びとなりました」

「なに!? そんな報告は受けておらんぞ」

「それをするために駆けつけたのです」

「そ、そうか。ご苦労だった。で、なぜそのような事態になったのだ?」

「フレア王国が協定を破り、軍を我が国に向けて進軍させたからです」


 レオがチラッとリリィ姫に視線を向けたが、


「それなら仕方がないな。戦の準備に入るぞ」


 すぐにそう指示を飛ばした。



 コンコンとノックの音とともに、レオが部屋に入ってきた。

 場面が切り替わり、外から建物の中にシーンが移ったのだ。


(ドラマみたいだな)


 地球にいた最後のほうはあまりテレビを見ていなかったので、新鮮さすら感じる。


「お気分はいかがですか?」


 ベッドに横になるリリィ姫に声をかけるが、返事はない。


「この度は幽閉のようなことをして申し訳ありません」


 レオが深く頭を下げた。


「ですがご理解ください。今はあなたを帰国させることはできないのです」


 誘拐は立派な犯罪である。

 国として関与はしていないが、明らかに賠償を迫られる行為だ。

 開戦までの猶予期間ではあるが、戦時下にそれをするのは愚策であり、決して認められるモノではない。

 そういったことを、レオは丁寧に説明した。


「理解してます。ですからこそ、帰国させてください。必ずやわたくしが、双方の誤解を解いてみせます」


 すがるリリィ姫の想いは伝わるが、レオが首を縦に振ることはなかった。


「お願いします」

「お願いします」

「お願いします」


 毎日何度も繰り返される懇願に、レオはついに根負けした。


「わかりました。帰国の準備をしてください」

「ありがとうございます」

「駄目です」


 リリィ姫とレオの合意を、またもタイミングよく現れたアズールが却下した。


「なぜだ?」

「なぜですか?」


 当然納得できない二人に対し、アズールはなにも答えずに指を鳴らした。

 室内にあった鏡台に映し出される映像。


『これは!?』


 そこには、魔獣を惨殺するおれがいた。


「フレア王国は、我らの同胞を害虫のように駆逐しております。このような状態で、停戦など不可能です」

「この男はフレア王国とは無関係です!」

「すまないが、そんな言い訳は信じられない」


 レオは部屋を出て行ってしまった。


「嘘ではありません! 信じてください!」

「おやめください。こうなってしまえば、何を言おうとあなたの言葉が魔王様に届くことはありません。恨むなら、あの男を恨むのですね」


 アズールも退出した。


「あああああああああ」


 残されたリリィ姫の嗚咽が響き渡る。


(なんか、おれが悪者みたいだな)


 妙に責められている気がする。


「もう……駄目だわ」


 急転直下。

 窓を開けたリリィ姫が、その身を投げた。

 映像はないが、ドサッという音だけは聞こえた。


「マジかよ!?」


 おれに向けられる視線が、一層キツくなるのがわかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ