248話 勇者は悪魔の使い……らしい
「あなたたちには、ここで死んでもらいます」
魔族領からすれば、おれたちは不法入国の大量殺人犯であり、その発言も納得できる。
けど、納得できないのは、それを発した人物だ。
「アズール宰相!? なぜあなたのような要人がこのような場所にいるのです!?」
おれが訊きたいことを、ユウキが代わりに問うてくれた。
「あなたたちフレア王国との開戦準備ですよ。勇者ユウキ殿」
「それだけどよ。たしか、ミノタウロスの襲撃を証明できればご破算になるんだよな」
「あなたのおっしゃる通りです。成生さん」
自己紹介は不要らしい。
「なら、これでいいよな」
おれは所持していたミノタウロスの牙を、アズールの足元に放り投げた。
「なんです? これは」
「ミノタウロスがフレア王国にいたっていう証拠だよ」
「信じられませんね」
「なんでだよ? 現物があんだから、文句ねえだろ」
「これをどこで手に入れました?」
その質問で理解した。
アズールは停戦に応じる気など微塵もないのだ。
もしその気があるなら、大事なのはそれが本物かどうかであって、入手場所は問題じゃない。
「どうしました? なぜ答えられないのです? まさか、フレア王国に出没したミノタウロスの素材を、他国で入手した、なんてふざけたことを言うわけではありませんよね?」
「いや、その通りだよ。おれがこれを入手したのは、フミマ共和国内だからな」
ここは変に取り繕うより、認めたほうがいい。
「それはおかしいですね。ミノタウロスは貴重な素材であり、他国に明け渡すはずはありません」
「ハリス盗賊団に盗まれたんだよ」
「そんな与太話を信じろと言うのですか?」
呆れたように肩をすくめるアズール。
どうあっても、こちらの言い分を認める気はないようだ。
「ウソはついてないぞ。もしどうしても信じられないなら、ヤスモ王国に確認してみてくれよ。真実が証明されるからよ」
「そうですか。どのような催眠を施したのかは知りませんが、ヤスモ王国はすでに懐柔されているわけですね」
曲解もはなはだしいが、それを指摘したところで無駄である。
「かの大国がこうも簡単に転がされてしまったとは……恐ろしい。我が国にその魔手が伸びる前に、あなたを葬り去らねばなりませんね」
アズールはいまここで戦う気マンマンなのだ。
「なあ? なんでそんなに戦争がしたいんだよ」
「馬鹿を仰らないでいただきたい。我が国はそれを回避したいからこそ、こうして行動しているのです」
「武力をもって進軍し、多くの血を流すことは正反対だろ」
「その通りです。戦争がもたらすのは憎しみの連鎖です。しかし、今ここで異世界より降臨した悪魔の使いを討たなければ、その憎しみは世界に広がってしまいます」
(なるほど。そういうことか)
やっとアズールの思考が読めた。
(きっかけなんてなんでもいいんだな)
仕掛ける口実があるなら、それがなんであっても関係ない。
そして、そこから導き出される答えがもう一つある。
「戦力の増強に成功したのは、お前らが一番なわけだ」
だれと対峙しても勝てる算段があるからこそ、こうも強気でいられるのだ。
「あなたたち人間はいつもそうですね。すべてを自分たちの都合のいいように解釈し、武力行使の口実を得ようとする」
「言ってる意味がわかんねえよ」
「簡単なことです。あなたは自分の身に危険が迫ったとうそぶき、数えきれないほどの我が同胞を殺し歩いてきました。そして今、その口実を盾に、我が国を消滅させようとしているのです」
頭が痛くなってきた。
アズールは自分が言っていることが滅茶苦茶だと気づいているのだろうか。
「いい加減にしろ! 師匠は無駄な血は一滴も流していないし、これからも流すことはない!」
ユウキの叫びに反応し、アズールが口角を持ち上げた。
「わかりました。では、成生さん。いや、成生が流した我が同胞の血は、血ではない、と仰るのですね!?」
「そ、それは……」
「今更言い逃れができるとは思わないでいただきたい! フレア王国第一師団特務部隊隊長であるご自身の言葉には、責任をもっていただく! それが勇者の肩書を持つ者であるなら、尚更だ!」
ユウキはなにも言い返せなかった。
(まあ、完全に論破されたもんな)
ただ、一つだけ幸いなこともある。
ここは正式な外交の場ではない。
たとえ失言があったのだとしても、知らぬ存ぜぬで通せばいいのだ。
「勇者ユウキ。あなたには心底ガッカリした。けど、挽回のチャンスを差し上げます」
(ヤベェな)
どんどんアズールのペースになっている。
「挽回のチャンス?」
「そうです。あなたの隣りにいる悪魔を殺す手助けをしなさい。さすれば、此度の失言には目をつぶりましょう」
「そんなことはできない」
「それは残念です。ですが、あなたの仲間はこちらに味方するようですね」
馬にまたがったガイル、セリカ、エレンが現れた。
ほかに兵士の姿が見えないので、彼らだけ先に来たのだろう。
「ユウキ。お前は本当に変わってしまぅたんだな」
「ボクは悲しいよ。キミが堕ちてしまった現実が」
「私たちからの最後の手向けとして、救済を与えましょう」
悲しそうな表情を浮かべながらも、三人の目にはたしかな決意が宿っている。
「待ってくれ。俺はみんなと戦う気はない」
及び腰なユウキとは対照的に、馬から降りた三人が武器を構える。
「まいったね。こりゃ」
「他人の心配をしている場合ですか?」
おれの相手はアズールたちがしてくれるようだ。
「戦うのはべつにいいんだけど、最後に一つだけいいか?」
…………アズールはなにも言わない。
「リリィ姫は生きてんだよな?」
無言の肯定と判断し、おれはそう訊いた。