247話 勇者は縄に締め付けられる
魔獣やビーストテイマーの死体処理もせず、おれたちは先に進むことにした。
疫病の発生を考慮すれば、それは褒められた行為ではない。
が、リリィ姫救出という目的がある以上、グズグズもしていられない。
(刺客が来たってことは、おれたちの不法入国もバレてんだろうしな)
最悪、殺される可能性だってある。
ただ、このまま進むのも考え物だ。
「はあ、はあ、はあ」
一時回復したユウキの体力も、先の戦闘と走る現状で相殺された。
「王城までは二日かかるんだよな?」
「このスピードなら、それほどはかかりません」
「マジで!?」
「二日というのは、ゆっくり行軍したときにかかる日数です。速度を重視した今なら、一日かかるかどうかでしょう」
フレア王国から魔族領に入る場合、外交やら会談がメインであり、当然ながら要人が帯同する。
日程も余裕をもって組まれ、馬車が全速で走ることもない。
言われてみれば、それが当然だ。
(んじゃ、どうすっかな)
一秒でも早いほうが望ましいが……急いては事を仕損じるともいう。
「はあ、はあ、はあ」
万全を期すなら、ユウキを休ませる時間を取るべきだろう。
(ただ、場所がねえんだよな)
短時間の休憩であるなら、それこそきちんとした場所ですべきだ。
木を背もたれに寝るより、柔らかいベッドで横になったほうがいいに決まっている。
「なあ、魔族の村で馬車を借りることはできるか?」
「わかりません」
成功失敗以前に、そんな交渉をしたことがないらしい。
わからないでもない。
(自分たちを嫌っている村に、要人を引き連れてノコノコ行くわけがねえよな)
嫌がらせをされたり、それ以上のなにかをされる危険性だってある。
(でもまあ、裏を返せば、可能性はあるってことなんだよな)
話してみれば意外とイイやつかもしれないし、地獄の沙汰も金次第の輩もいるはずだ。
「よし。んじゃ、あそこで訊いてみようぜ」
おれは少し先に見える村を指さした。
村に貸し馬車屋があり、交渉もできるようだ。
「馬車を貸すのは問題ないが、二つ条件がある。一つは五〇パルクを現金で支払うこと。減額を含めた金銭交渉には応じないし、後払いも認めない。二つ目は村から即刻出て行くことだ」
ずいぶん強気なうえに足元を見られているが、問題ない。
おれは自分の袋から金銭を支払う……ことができなかった。
「足りねえな」
四六パルクしか残っていない。
なにも言わず、ユウキが四パルク恵んでくれた。
「ありがとう」
「いえ、これは師匠のモノですから」
それは間違っていない。
けど、好きにしていい、と渡したおれからすれば、それはユウキのモノである。
(まあ、ここでそんな不毛な議論はしねえけどよ)
やるべきことを進めるほうが、よほど建設的だ。
「いいだろう。では馬車を回してくるから、村の入り口で待ってろ」
おれたちは素直に従い、村の入り口に戻った。
…………なかなか来ない。
貸します詐欺を疑うが、決めつけるには早計だ。
…………全然来ない。
体感的には一〇分以上経過しているが、意識すればするほど、時間とは長く感じるモノでもある。
(う~ん。ヒマだ)
手持ち無沙汰を解消したいが、なにもない。
あるのは、少女から預かった袋だけだ。
「絶対返してね」
なぜか少女の声が蘇った。
(これはアレか? フラグってやつか?)
渡せないまま死んでしまう、という。
(いや、おれの場合、持ち逃げか)
この道中で魂のカケラを回収し、この世界からいなくなるパターンが有力だ。
可能性は低いかもしれないが、存在する以上放置はできない。
「ユウキ、悪いけどコレ、ステルと一緒にいる子に返しといてくれよ」
「いえ、師匠から返してあげてください」
当然の反応だ。
おれでもそう言う。
(いや、なんか返せない予感がするんだよ)
などと口にすれば、余計ややこしくなる。
「じゃあ、その袋に入れといてくんねえかな」
「……わかりました。ですが、返却は師匠がしてくださいね」
「お、おお!?」
おうよ、と言おうとしたが、口から出たのは驚きだった。
魔法の縄が袋から飛び出したことに、びっくりしたのだ。
「なんだよ。ついてきてたのか」
身体に巻き付いて存在を主張するのはいいが、少し締め付けがキツイ。
「ううっ」
腹が苦しい。
「ユ、ユウキ、コレ持っててくれ」
袋を渡し、両手を自由にする。
「ちょっ、ちょっとタイム」
休憩を要求するが、縄にその気はないようだ。
ギリギリと巻き付いてくる。
「わかった。わかったから落ち着け」
撫でるといい感じに緩んだ。
これが正解だ。
「大丈夫。おれは逃げも隠れもしない」
寄り添う姿勢が大事。
面倒くせぇ、などと思ってはいけない。
離れなくなるからだ。
「おお、いいぞ。そこがベストポジションなら、そこにいればいい」
ベルトのように腰に巻きつく縄を拒むこともしない。
身の危険がないなら、なんの問題もない。
(にしても、マジで全然来ねえな。こりゃ詐欺で確定だな)
探しに行こうと思った矢先、蹄の音が聞こえた。
一台の馬車がこちらに来ている。
御者はさっきの貸し馬車屋の青年だ。
「これがあんたらに貸す馬車だ。返却は王都の馬車屋で構わない」
そう言い残し、青年は去っていった。
「んじゃ、いくか」
「それは許容できませんね」
村からぞろぞろと兵士が湧いて出た。
「あなたたちには、ここで死んでもらいます」
(またこのパターンか)
毎度毎度の展開に、おれは辟易した。